幽閉
紂王伝 第37話 「――西伯・姫昌よ。貴殿が西方の諸侯を不当に糾合し、商への反逆を企てているとの噂がある。これについて、どう弁明するか」比干の鋭い詰問が、広い謁見の間に響き渡る。だが、引きずり出された姫昌は、怯む色を一切見せなかった。それどころか、ゆっくりと胸を張り、堂々たる態度で前を見据えた。「大王、ならびに重鎮の皆様。我が周が力を蓄えているのは、ひとえに西方の蛮族から商の辺境を守護せんがため。二心など断じてございませぬ。我が周の忠誠は、常にこの商王朝と共にあります」(なるほど……これが姫昌か)玉座からその姿を見下ろしながら、私は冷徹に思考を巡らせていた。これほどの傑物、啓兄さんでは到底抑え込めまい。比干叔父上や箕子叔父上と同じくらいの器が、あの男にはある。ここで生きて帰したところで、周の勢いはもう止められない。その結果、真っ先に傷付くのは、あの啓兄さんだ。ならば、私がすべてを引き受けよう。たとえ後世に「昏君」と罵られようとも――。(……いっそここで、殺すか妹の夫とはいえ息子も居る) 私の瞳に、冷酷な光が宿る。王朝の脅威になり得る芽は、ここで摘んでおくのが最も合理的だ。私が処刑の合図を出そうと、わずかに手を挙げかけたその時。「お待ちくだされ、大王!」鋭い声を挙げたのは、宰相である比干叔父上だった。私の放った明確な殺気を感じ取り、一歩前に出て力説する。「姫昌は紛れもなく、西方の民から絶大な支持を得る有力諸侯。罪なき彼をここで殺害すれば、天下の諸侯は商の理不尽な暴挙に怯え、かえって王朝への不信感を募らせるでしょう! それは国家の根幹を揺るがす愚策にございます!」比干叔父上の言葉は、ぐうの音も出ない正論だった。さらに、これを発しているのは国家の重鎮たる宰相だ。今の商において、これを無視することはできない。「……チッ、面倒な。ならば、こうしよう」私は内心の舌打ちを隠すことなく、妥協の沙汰を下した。「姫昌の疑惑は不問とする。ただし、西方の不穏な噂が晴れるまで、朝歌に留まってもらう。――朝歌の端にある『羑里』へ幽閉せよ。処遇は以上だ」私の言葉に、謁見の間がわずかにどよめく。これで丸く収まれば良いが。連行されていく姫昌の背中を睨みつけながら、私は忌々しげに息を吐き出した。嵐の予感は、まだ消えてはくれなかった。




