新しい親族
紂王伝 第29話 奥の館での新しい暮らしが始まり、私は|嬴風姉さんに商の礼儀作法を教わりながら、この国の独特な風俗や文化を少しずつ学んでいった。そのなかで何よりも驚いたのは、風姉さんが驚くほど乗馬が得意で、作法だけでなく馬の扱いまで私に教えてくれることだった。「我が嬴氏はね、大昔の夏王朝の時代から、代々馬と情報を扱うことを本分としてきた武門の家系なのよ。だからこれくらいは嗜みのようなものよ」風姉さんは誇らしげにそう笑う。聞けば、商の王族である『子氏』も戦いを重んじる筋金入りの武闘派らしく、だからこそこの私邸には、馬を全力で走らせることができるほどの広大な庭が用意されているのだという。夫でありこの国の王である帝辛様は、日々の政務や改革で多忙を極めているらしく、滅多にこの奥へは姿を見せない。初対面の冷たさもあって少し身構えていたけれど、会わずに済むのは今の私にとってはむしろ気楽だった。王様が来ない代わりに、館には毎日のように賑やかな親族の方々が遊びにやってきた。風姉さんの父上である大将軍・飛廉様は、どこか気障で洗練された格好良い殿方だった。私に乗馬のコツを優しく教えてくれる一方で、禄父君には木剣を手に厳しくも温かい武芸の稽古をつけている。王様の二人の兄上――微子啓様と微仲衍様も、頻繁に顔を出してくれた。お二人は来るたびに珍しい手土産をたくさん持ってきてくださり、顔のよく似た優しい笑みを浮かべて、私を気遣ってくれる。「朝歌の生活で不便なことがあったら、いつでも我らを頼ってほしい」その温かい言葉に、張り詰めていた心の棘がまた一枚、優しく剥がれ落ちていく。さらに、風姉さんの弟である悪来様は、その筋骨隆々たる巨体に似合わずとても豪放で愉快なお方だった。戦場での武勇伝や市井の面白い噂話をいつも身振り手振りで聞かせてくれて、館の中はいつも笑い声で満たされた。――ここは、私が怯えていたような冷酷な侵略者の魔窟などではない。私を優しく包み込んでくれる、最高の家族がここにいる。今日から始まる新しい、そして楽しい時間を心から期待して、私は弾む胸を抑えきれず、初夏の朝歌の風のなかへと元気に駆け出していった。




