帝辛との邂逅
紂王伝 第26話 ついに、私は商の最高権力者が待つ朝の宮廷へと通された。天井のやたらと高い、広大な謁見の間。その奥に据えられた冷え切った玉座に、あの恐るべき侵略者の王――帝辛が座っていた。全身から放たれる圧倒的な覇気と威圧感に、私の身体は本能的な恐怖で凍りつきそうになる。だが、私は有蘇の姫なのだ。ここで取り乱すわけにはいかない。胸の奥に渦巻く昏い恨みや恐怖の感情が、決して表に出ないよう、私は平伏したまま、細い声を絞り出すようにして丁寧な挨拶の言葉を口にした。「陛下……。この度は、私のような者を温かく受け入れてくださり、誠にありがとうございます。これからは誠心誠意、陛下のために尽くさせていただきます」声を震わせぬよう、必死に演じきった従順な態度。それに対する王の返答は、私の耳には酷く低く、そして冷たい声となって響いてきた。「うむ。よくぞ遠方より、余の元へと来てくれた。心から歓迎しよう」歓迎、という言葉の割には、そこには一切の感情が籠もっていないように思えた。私を値踏みするかのような静寂が場を支配した直後、王は無造作に言葉を重ねた。「皆への正式な紹介は後日とする。まずは長旅の疲れを落とすため、今日のところは奥の館でゆっくりと身体を休めるが良い」言い終えると同時に、王はすぐに女官たちへ目配せをし、私をさっさと謁見の間から退出させるよう促した。その間、私を二度と見ようともしなかった。(……私には、端から興味が無いということですか)案内されるままに廊下を歩きながら、私の胸の内には、理不尽な屈辱感と焦燥がじわじわと広がっていった。戦に勝った者の驕りか。それとも、敗戦国から貢がれた人質など、いちいち相手にする価値もないという侮蔑の表れか。側室(妾)とはいえ、これから一生を共にする妻になるはずの私を、初対面でここまで素っ気なく追い出すとは。巨大な朝歌の宮廷の冷たい空気が、私の心をさらに頑なにしていく。――この先、この男の元で、一体どれほどの苦難が私を待ち受けているのだろうか。まだ見ぬ暗雲が立ち込める未来を想い、私は新しく与えられた館の寝所で、独り静かに身構えていた。




