太行山
紂王伝 第21話 反乱の首謀者たる商容が、縄に打たれて私の前に連行されてきた。「商容よ、言い訳を聞こう。理由いかんでは、その命を助けてやらぬこともないぞ?」玉座の上から、私はあえて尊大に、冷ややかに問いかけた。商容もまた我が王族『子氏』に連なる血筋であり、何より市井の民衆からの支持が絶大に厚い。王としての本音を言えば、ここで彼を処刑して不要な怨嗟を買うのは避けたかった。比干や箕子の二人にも事前に相談し、「命までは奪わず、役職の解任と隠居で手を打つ」という方針で理解を貰っていたのだ。しかし――商容という男は、最後まで古い伝統に殉じる覚悟を固めていた。「何を言うか、この暗愚な昏君が! 貴様こそが我が商を堕落させ、天下を混乱に陥れた大罪人だ! 私は挙兵したその瞬間から、成否に関わらず命を捨てるつもりであった! 今更、暴君に乞う命など持ち合わせておらんわ!」堂内に響き渡る激しい罵倒。百官が見守る公の席で、ここまで王の威厳を泥塗りにされては、流石に私もこれ以上は庇いきれなかった。(……やむを得ん。そこまで頑なならば、望み通り死を賜るほかあるまい)私が冷徹に心を切り替え、「ふむ、ならばせめて死に方を選ばせてやろう。希望を述べよ」と、処刑の執行を告げようとした――その時だった。「陛下、お待ちくだされ!」前に進み出たのは、箕子であった。彼は私の前に跪くと、必死の形相で頭を下げた。「どうか私の顔に免じて、商容の命だけはお助けください。幸いにも、私の担当している北方の太行山の地は荒れております。そこへ彼を終身幽閉させ、土地の開墾にでも従事させます。ですからどうか、ご慈悲を……!」重鎮である箕子に、ここまで必死に懇願されれば、王としても「叔父の面目を立てて恩赦を与える」という大義名分が成り立つ。――じつに見事な助け舟だった。「……良かろう、箕子よ。貴様の言葉に免じ、商容の命は不問とする。お前の責任を以て、すべての身柄を取り計らうが良い」「ハッ、寛大なるご処断、感謝いたします」商容は複雑な表情を浮かべながらも、自分を救ってくれた箕子へ深く感謝を伝え、兵たちに引かれて退廷していった。当初の予定であった「朝歌での平穏な隠居」からは外れ、北方の地への追放という形にはなってしまったが、結果として彼の命を救うことはできた。何より、これで私に反抗的だった神職勢力も、しばらくは大人しくなるだろう。本当に、どこまでも面倒で、手足の縛られた不自由な玉座だ。私は去りゆく商容の背中を眺めながら、心の中で低く、自嘲気密な笑いを漏らしていた。




