帰奥
紂王伝 第129話 重鎮たちとの戦後処理の方針の擦り合わせがあらかた終わり、私は久々に家族の待つ奥(後宮)へと帰ることにした。大まかな方針は固まった。あとは数日後、子期が追撃戦から朝歌へと帰還したのちに朝議を開いて正式決定を下すだけだ。それまでの間は、ここ最近の怒濤の政務から離れて、多少はゆっくりと過ごせるだろう。私の邸宅へと足を踏み入れると、懐かしい温もりが鼻腔をくすぐった。「おかえりなさいませ、陛下。ご無事で何よりにございます。……それと、此度の戦勝、誠におめでとうございます」正妻の風が、家族を代表して凛とした、けれどどこまでも優しい声で出迎えてくれた。その背後からは、やはり私の身をひどく心配していたのだろう、王太子の禄父と最愛の側室の妲己の二人が、我先にと勢いよく私の身体へと抱きついてきた。まあ、いくら都の近場での防衛戦であったとはいえ、王である私自身が武器を手にして最前線へと赴いたのだ。彼らを過度に不安にさせてしまったのも仕方のないこと。「お前たち、ただいま。留守をよく守ってくれたな」私は愛おしさを噛み締めながら、二人の小さな身体を順番にひょいと抱え上げ、己の両肩へと乗せてやった。そのまま、みんなで並んで風の屋敷へと向かって歩き出す。うん……? 普段ならば、もう子供ではないと、禄父が真っ赤になって照れながら文句を言うはずなのだが。今日の息子は、私の肩の上で妙に大人しく収まっているな。ふふ……。生意気な口を利いていても、やはり父親が戦場へ行ってしまうのは寂しかったと見える。背中に受けていた暗傷の微かな痛みなど、この温もりの前には霧散していく。張り詰めていた心が、内側から穏やかに晴れていくのを確かに実感していた。隣を歩く風も、どこか心底ほっとしたような柔らかな表情を浮かべてくれている。それが何よりも嬉しかった。傅華の突然の自死以来、どこか陰惨で暗い空気が澱んでいた後宮だったが。久々に、その重苦しい帳がすうっと軽くなったような気がした。私のこの温もりが届いてくれていることを願いながら。私は愛しい家族の手をしっかりと握り締め、ひとときの平穏を貪るように、温かい光の満ちる屋敷の中へと進んでゆくのだった。




