息子
紂王伝』第13話 我が妻、商王朝の王妃の名は嬴風という。彼女は王朝建国時より軍部を支え続けてきた名門・嬴姓の長、飛廉の娘であった。私の勝手な都合により、新婚早々二年間も亮陰の館で寂しい思いをさせてしまったが、二人の夫婦仲は極めて良好であった。そしてこの度――私たちの間に、ついに愛おしい息子が誕生したのだ。我が商の国法では、生まれた子が三歳まで無事に育たねば民への発表はなされず、五歳になって初めて民衆にお披露目される。赤子の生存率が低いこの時代、それは当然の慎重さであった。だが、宮廷の家臣たちには朝議の席にて速やかに誕生を発表し、祝いの品々を盛大に下賜した。彼らは一様に、次代の誕生を大いに寿いでくれた。しかし、親族たちの集まりはまた別だ。私は王族の者たちと、嫁の実家である嬴氏の一族を集め、宮廷の奥でささやかな内輪の宴を開催した。「受徳、よくやったな。これで先祖の霊たちも安心されよう」比干や箕子、二人の叔父上たちも、この時ばかりは政治の厳しさを忘れ、柔らかな顔で私を祝福してくれた。そして――壁の向こうにいたはずの微子啓兄上と微仲衍兄上もまた、我が子の誕生を心から優しく祝ってくれた。かつての兄弟の温もりが、ほんの一瞬だけ、この宴のなかに戻ってきた気がして胸が熱くなる。義父である飛廉は、王たる私に畏まって丁重な祝福の言葉を述べた後、産着に包まれた赤子を抱く娘の風へと歩み寄った。「風よ……。よくぞ、よくぞお前も無事で、我等が商の血を繋いでくれた」普段は戦場で鬼神のごとく敵を屠る名将が、言葉にならないほどに声を震わせ、娘の苦労を労っていた。風もまた、少し照れくさそうに、しかし幸せそうにはにかんでいる。その光景を玉座から見つめながら、私は自らの手のひらを見つめた。街道を繋ぎ、通貨を流し、血の雨を降らせてでも国を変えようともがく日々。(今宵くらいは……。すべての政務を、未来を忘れ、ただ一人の父親として、夫として、この温かな幸せを噛み締めても良いだろうか)私はそっと、愛おしい我が子――禄父の小さな頬に触れた。天に座す父上。私はこの無垢な光を、我が商の未来を、どんな最悪の手段を使ってでも守り抜いてみせます。静かに燃える灯火のなかで、私は穏やかな幸福の味を深く胸に刻み込んでいた。




