↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
微子の憂鬱外伝 紂王伝  作者: 日和見


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
128/132

今だけは、どうか

紂王伝 第127話 大好きな旦那様が、九(きゅう)国の侵攻を迎撃するために自ら戦場へと出征された。敵の軍勢は二万、対する旦那様の軍勢は四万五千。倍を超える兵力差があるとはいえ、命のやり取りをする戦場に赴く以上、危険であることに変わりはない。(どうか……どうか無事でありますように)私は神にそう祈りを捧げながら、同時に、もう一つの残酷な現実と向き合わされていた。あの男――微子啓(びしけい)との約束。二ヶ月が、今日、その約束を果たす為、私は心を殺し、人目を忍んでいつもの商人の店へと向かった。そこで男の用意した輿(こし)へと乗り換え、秘密裏に微子啓の屋敷へと運び込まれる。屋敷に到着すると、あの男は、相変わらずの下卑た笑みで私を歓迎し、私の心をじわじわと削り取るような嫌らしい言葉を浴びせてきた。そして――。すべてを諦め、ただ人形のように横たわり、死んだ目で天井の一点を見つめ続けている私を見下ろしながら、微子啓は退屈そうにため息をついた。「妲己様。もう少しだけでよろしいので、何かしらの反応を示していただけると私も嬉しいのですがね? ……ふん、やはりまだ、女としては幼すぎて無理を言っても仕方がありませんかね」男は私の沈黙を「幼さゆえの無知」だと都合よく見当違いな解釈をして勝手に納得している。違う。そうではない。私は単に、あなたのような男にこの身体を蹂躙されることは許しても、それ以外の私の『心』や『魂』、大切な旦那様を愛する気持ちだけは、爪の先ほども渡したくないだけなのに。地獄のような行為がようやく終わり、私は這うようにして屋敷を後にした。戻り道、表向きの言い訳を作るために市場に立ち寄り、適当な品々をいくつか手に入れてから、自分の屋敷へと帰還する。「お帰りなさいませ、妲己様」出迎えてくれる侍女たちにいつものように笑顔を返し、私は一人、静まり返った寝室へと滑り込んだ。部屋の扉を閉めた瞬間、堰を切ったように様々な感情が私の胸に襲いかかってきた。自分の犯した罪のせいで死んでしまった、優しかった傅華(ふか)お姉様のこと。私の生み出した最悪の因果のなかで、いまも命を懸けて戦場を駆けている旦那様のこと。そして――今さっき、私の肉体を泥のように汚していった微子啓のこと。それらすべてが、私の心を引き裂き、どす黒い絶望となって脳裏を埋め尽くしていく。「あ……う、うあ……っ」ああ、駄目だ。耐えられない。私は堪り兼ねてベッドへと崩れ落ち、上質な寝具のなかにその顔を深く、強く埋め込んだ。外にいる侍女たちに、この情けない声が絶対に漏れ出ることがないように、枕をきつく抱きしめながら、ただ身体を丸めて激しい嗚咽(おえつ)を漏らし続けた。大丈夫。少しだけ。ほんの今だけ。こうして一人で泣いて、胸のなかの泥をすべて吐き出せば、明日にはまた、みんなの前でいつも通りの綺麗で平気な笑顔を取り戻してみせるから。だからお願いです。今だけは……今夜のこの時間だけは、私を、泣かせてください――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。