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微子の憂鬱外伝 紂王伝  作者: 日和見


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算散

紂王伝 第125話 「帝辛(ていしん)がのこのこと戦場へ出てきた。これこそ天が与えた好機だ」決戦の前夜、私は将軍たちと天幕を囲み、西岐(せいき)の若き策士・姜子牙(きょうしが)から破格で譲り受けた二百頭の軍馬を前に、一つの賭けを決定した。戦車(チャリオット)を持たぬ我が軍が大平原で商の鉄車と正面からぶつかれば、蹂躙されるのは火を見るより明らか。ならば、全軍を『肉の盾』としての囮(おとり)にする。商の誇る大軍勢が我が軍の中央を食い破り、突撃の慣性でその巨体の足を止め、反転のために動きが鈍るその一瞬――。小回りの利く二百の決死騎馬隊を一斉に解き放ち、親衛隊の最奥に鎮座する暴君・帝辛の首級(くび)をピンポイントで狩り取る。王さえ討ち取れば、数の不利など一瞬で覆るのだ。私は本陣の一千の兵とともに、地平線を埋め尽くす大戦場を見下ろしていた。将軍たちの読みは正しかった。子期(しき)率いる商の本隊が、こちらの誘いに乗るように凄まじい地鳴りを立てて突撃を開始する。「が、はあ……っ!?」悲鳴が風に乗って届く。こちらの想定を遥かに超える商の常備軍の練度、あるいは規格化された青銅の戈(か)の威力により、我が軍の被害は瞬く間に膨れ上がっていく。血の川が平原を染めるが、ここで怯むわけにはいかない。帝辛さえ。あの男の首さえ落とせば、我が九国軍の勝ちなのだ。「今だ! 行けっ!」私の大号令とともに、本陣の奥から二百の決死隊が解き放たれた。商の戦車隊が突撃を終え、反転しようともたついている死角を縫い、弾丸のように帝辛の旗印へと直進していく。「ははは! 脳筋め、我が計略にまんまと嵌まったな! 死ね、帝辛ーーっ!」勝利を確信し、私は喉が裂けんばかりに笑い声を上げた。だが、その歓喜は一瞬で凍りつくことになる。我が軍の精鋭騎馬隊が、帝辛の乗る特注の戦車へと肉薄したその瞬間。戦車の上に立つ巨躯の王は、怯えるどころか、獰猛な肉食獣のような眼光でこちらを睨み返してきたのだ。「――舐めるなよ、羽虫どもが」地響きのような声が響いたかと思うと、帝辛は手にした巨大な青銅の矛(ほこ)を一閃させた。並大抵の人間では持ち上げることすら不可能な重量の矛が、凄まじい風切り音とともに、突っ込んできた馬の首を文字通り叩き割り、乗り手を引きずり落とす。一人、また一人。十人以上の決死隊が、その身を盾にするように同時に帝辛へ突きかかったはずだった。それを、あの男はただの肉体の腕力だけで、悉(ことごと)く返り討ちにしていく。バケモノか。これが、商の王の武勇だというのか。「怯むな! もう一度突撃せよ! 戦車と違い、我らの騎馬には機動力がある!」悲鳴混じりの私の叫びに応え、生き残った百騎余りがなおも帝辛を屠らんと馬首を返した。だが、それが我が軍の最後の希望の灯火だった。突如、商の親衛隊の影から、地を調う黒い疾風のごとき集団が飛び出してきたのだ。それは、我が軍のそれとは比較にならないほど見事な手綱さばきで馬を駆る、商軍の『本物の騎馬隊』だった。「な……!? 商に、騎馬隊だと……っ!?」聞いていない。姜子牙からも、そのような情報は一切なかった。先頭を駆るのは、あの暴君の懐刀、剛力無双の将・悪来(あくらい)。馬の上で恐るべき平衡感覚を保ったまま、悪来の五百の騎馬隊は、速度の落ちた我が軍の決死隊を瞬く間に包み込み、文字通り『飲み込んで』いった。落馬し、踏みつぶされ、我が軍の切り札だった二百頭の軍馬は、一瞬にして全滅した。すべてを、ここに賭けていたのに。「中軍は!? 左軍はどうなった!?」周囲を見渡せば、戦場はすでに地獄と化していた。中軍も左軍も商の常備歩兵に圧倒され、完全に統制を失って半壊している。頼みの綱の馬も失い、帝辛の暗殺に失敗した時点で、我が九国の賭けは完全に終わったのだ。「おのれ……撤退だ! 傷の浅い右軍と共に、後退する!」私は奥歯を噛み締め、血を吐くような思いで馬の向きを変えた。だが、これで終わりではないぞ、帝辛。私は必ず生き延び、九国で牙を研ぎ澄まし、お前をその玉座から引きずり落としてやる――。

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