仮初の君主
紂王伝 第116話 意外なことに、商の王に立ち向かって死んだ兄(九侯)の遺骸は、極めて丁重な扱いで我が国へと送り返されてきた。入内していた四十九名の侍女たちを全員伴って、である。帰国した彼女たちを前にして、私の胸に湧き上がったのは激しい憤りだった。私は即座に、姪の華を死に追いやったその侍女四十九名全員を処分するよう命じた。君主や姫が自ら命を絶ち、随行した家臣達が朝歌で討ち死にしているというのに、なぜお前たちのような末端の者が五体満足で生き永らえているのか。理解に苦しむ。忠義心ある我が国の家臣たちの娘だというのに、なんとも嘆かわしい不忠者どもだ。しかし、商の出方を冷静に見る限り、最悪の全面戦争という事態だけは避けられそうだと、私は内心で深く安堵していた。……それなのに、朝廷内は報復を訴える血気盛んな家臣どもで溢れ返っており、その突き上げに対応せねばならぬ日々に、私は心底辟易していた。そんな折、一人の人物が私への面会を求めてやってきた。西方の蛮族である、姜族の男であった。本来なら即座につまみ出すべき使者であったが、あろうことか、その男が口にした提案を、傍らに控える家臣どもがえらく気に入ってしまい、私に決断を迫ってくる始末となった。「商の王を、君主自らが襲撃されたのです。たとえ敵対しなくても、商王朝からの庇護からは完全に外れますな。……そして今、西南には我ら姜方、西には犬戎、北西には龍方、北には鬼方が控えている。商の盾を失った九国が、果たしてそれらの猛攻に耐えられますかな?」姜族のお前がそれを言うか。「先代の九侯殿が、敢えて実の息子ではなく、弟であるあなたに君主の座を譲った真の意味を、少しは考えていただかないと困りますな」なんと無礼な物言いだ。なぜここまで言わせておきながら、誰もこの男を捕らえようとしないのだ。あまつさえ、私の背後に控える家臣どもは、男の言葉に深く感心しているではないか。「無礼であろう! この者を捕まえ、即座に八つ裂きにせよ!」私は目障りな使者を排除する命令を下した。――だが、誰一人として動かない。なぜだ。「ええい、早くせぬか!」再度命令をするも、誰一人として動かない。「我が姜族より、犬戎と龍方にはすでに話を付けております。九国が商と争う間は、決して九国の領内へは攻め入らない、と。君主の仇を討つ邪魔は致しません。――ただし、その意思が無いというのであれば……商の傀儡国など我らの邪魔なだけでございます。――分かりますね?」男は下卑た笑みを浮かべて私を脅してくる。「ええい、早く捕らえぬか! 貴様らも何をしている! 此奴らも捕らえよ!」私は大声で、近衛兵たちに命令した。だが、兵たちは私の命令に従うどころか、その切っ先を、逆に私の方へと一斉に向けてじりじりと距離を詰めてきた。馬鹿な。私が、私こそが九侯なのだぞ――!




