喧騒
紂王伝 第114話 九侯とその使節団が、ついに朝歌へと到着した。謁見の場に並んだ九侯は、娘を失った悲痛さを押し殺すように静まり返っていた。一通りの儀礼的な挨拶を交わした後、私は二人きりでの公式会談に入る前、敢えて群臣たちの前で大いなる誠意を示しておくことにした。「九侯殿。此度の傅華殿の件、我が商の管理責任は明確である。お詫びの品というわけではないが、どうかこれを受け取ってくれ」私の合図とともに、事前に調えさせていた破格の規模の下賜品が次々と運び込まれる。領地や権益の大幅な譲歩も含め、商が公式に全面的に非を認めたのだと群臣の前で明確に示すためだ。「……陛下、温かきお心配り、深くお礼申し上げます」九侯は表情をほとんど変えなかったが、私の誠意を受け付けるように深く頭を下げた。その後は慣例となっている細かな事務手続きを滞りなくこなし、いよいよ二人きりでの本面談へと臨んだ。対面の席に着き、私は改めて一人の親である彼へ向けて頭を下げた。「この度の傅華殿の件、誠に申し訳ない。最愛の娘を失った九侯殿の悲しみを思えば、なんと詫びればよいか言葉もない」「陛下、そのお言葉、誠に有難く存じます」九侯の声音は静かで、会談は極めて穏やかに始まった。私は彼への賠償として、九国が持つ「伯」としての権限のさらなる強化や、今後の軍事・経済的な支援内容について、二人で細かく条件を詰めていった。――だが、その時だった。部屋の外から、突如として激しい怒号と武器がぶつかり合う喧騒が響き渡った。「何事か!?」二人して同時に立ち上がる。私は外の状況を確認するため、近衛兵に説明を求めようと入り口の方へ視線を外した。その、刹那。私の背に、焼き付くような激痛が走った。「――っ」振り向けば、そこには憎悪の炎を宿した目で私を睨みつける九侯の姿があった。彼は衣服の奥に隠し持っていた暗器を抜き放ち、私の背後から深く突き立てていたのだ。「九侯殿……? 何を……」「陛下。……あなたがどれだけ謝罪されようと、どれほど莫大な賠償を積まれようと、我が愛娘の華はもう二度と戻りませんよ。……例え、天に届くほどの武を誇るあなたには敵わないと分かっていても、親として、名門諸侯の主として、ここで退くわけにはいかぬ。意地を見せねばならんのだ……ッ!」血を吐き出すようなその叫びを聞き、私の胸に重い納得が落ちた。ああ、その通りだな、九侯殿。親として、当然の怒りだ。私への油断を誘うための、あの使者たちの嘘も見事だった。だが――すまない。私にもまた、商王朝の天下を背負う王としての意地と、生きてなさねばならぬ義務がある。「残念だが……ここで死んでくれ、九侯殿」私は背中に突き刺さった暗器の柄を握る九侯の手を、上からガシリと掴んだ。そのまま、一切の容赦なく万力のような力で彼の拳ごと金属を握り潰す。「ば……化け物め……ッ!」骨が砕ける不快な音とともに、九侯が激痛に顔を歪めて呟いた。私はその言葉を無視し、空いたもう片方の手を手刀の形に結ぶと、彼の胸部を正面から一息に貫いた。「が、はっ……」九侯の口から大量の鮮血が溢れ出る。彼は虚空を見つめ、最期に掠れた声で愛娘の名を呼んだ。「……すまない、華……」そのままガクリと崩れ落ち、九侯は息を引き取った。直後、部屋の扉が乱暴に開け放たれ、近衛兵たちが雪崩れ込んできた。外の喧騒は、九侯が連れてきた使節団の家臣たちが一斉に暴動を起こした音だった。商の精鋭を前に、彼らが瞬く間に鎮圧されていく気配が伝わってくる。彼らもまた、最初から生きて帰るつもりなどなかったのだ。自分たちが討ち取られるのは百も承知の上で、ただ一瞬、私に外の騒ぎへ目を向けさせ、九侯が不意打ちを仕掛けるための『隙』を作るためだけに、その命を投げ打った。手刀に付着した血を払いながら、私は一人、静まり返った部屋のなかで激しいやり切れなさに襲われていた。誰もが、己の信じるもののために命を懸けている。だが、その結果として、また一つの名門が血の海に沈んでしまった。背中の傷よりも遥かに深く重い痛みを抱えながら、私は倒れ伏した九侯の骸を見つめ、後宮の闇が招いたこの悲劇の連鎖に、暗い溜息を吐き出すしかなかった。




