ごめんなさい、お姉様、妲己ちゃん
紂王伝 第110話 邸内での謹慎を言い渡されてからというもの、私は屋敷の外へ一切出ることが許されず、ただ部屋に引きこもる日々を送っていた。そんな孤独な私の元へ、時折、王后の嬴風お姉様と妲己ちゃんが面会に訪れてくれた。「すべては九侯様の判断次第ですけれどもね……」お姉様たちは、あの野蛮な爺(王)が下したという、極めて寛大な温情ある措置の全貌を私に伝えてくれた。男としてはどうしても受け入れられないけれど、その破格の慈悲に対しては、私の胸の奥にも確かな感謝の念が芽生えていたわ。それにしても、相変わらず妲己ちゃんは素直で、本当に可愛いわね。名門の誇りを傷つけられ、謹慎生活で擦れきってしまいそうだった私の心を、あの子の無邪気な笑顔がどれほど優しく癒やしてくれたことかしら。二人に心からの感謝を伝え、私はただ、お父様の到着を静かに待つ日々を過ごしていた。――そんなある日のこと。私の身の回りを世話する侍女の一人が、朝歌で今ひそかに高名を集めているという、一人の占い師を極秘裏に屋敷へと招き入れてきた。なんでも状況分析の才が桁違いに優れており、商王朝の並み居る賢人たちの間にも多数の支持者がいるほどの男なのだとか。「初めまして、傅華様。私は呂望と申します」部屋に現れたのは、意外にも若い男だった。年齢は二十歳前後かしら。私は縋るような思いで、これまでの経緯を軽く説明した後に、ここから私は一体どうするべきなのかを彼に尋ねた。すると、呂望は冷徹な眼光を伏せながら、静かに口を開いた。「九侯様ほどの高貴な姫君ならば、すでに周知の事実かと存じますが……あなたと同じ『伯』の爵位を持つ西伯姫昌殿は今なお羑里に幽閉され、その後継者であった伯邑考殿は無残に殺害されました」「ええ……知っていますわ」「では、はっきりと申し上げましょう。あなたがこれから進む道は、三つしかありません」呂望は淡々とした声音で、私の逃げ道を一つずつ、完璧な論理で塞いでいった。「一つ目は、九侯とともに国許へ帰ること。ですが、此度の王を謀った大不祥事、おめおめと実家に戻ったところで、良くて一生の幽閉。最悪の場合は、商に対する九国側の謝罪と誠意の証明として……『病死』したとして処理されるでしょう。どうですかな、あなたの父上というお方は」――っ。頭を殴られたような衝撃だった。確かに、私は国許で何不自由なく幸せに暮らしていたのに、お父様の政治の道具として無理やり夫と離縁させられ、この朝歌へ側室として引き渡されたのだ。お父様にとって、娘などただの道具に過ぎない。もし私が九国へ帰れば、商への釈明のために、間違いなく「病死」として秘密裏に殺されて処理される。それは容易に想像がついた。「次に、提案されている『王后の侍女を務めたのちに再び側室へ戻る』という道。……結局はあの野蛮な王の夜の相手をせねばならぬことに変わりはありません。それに、名門たる九侯が、愛娘をただの侍女に落とされるという屈辱を、はたして最後まで黙って許しますかな?」「それは……」そうね。お父様は、そんなに甘いお方ではないわ。九国としての矜持を傷つけられれば、私を理由にして王朝への不満を爆発させるに違いない。「そして三つ目。――最悪の場合、商王朝はあなたという格好の『餌』を利用して九侯を罠にハメて殺害し、大国である九国を弱体化させ傀儡の様な国にする腹積もりでしょう」ですわよね……!あの野蛮な王が、周に対して仕掛けた陰惨な罠を、我が九国に対してだけ仕掛けないはずがない。すべては九国を侵略し、商の養分にするための、あの王の冷徹な計算通りなのだわ。「どうすれば良いの……。教えて頂戴、この絶望から逃れるための打開策を!」呂望の説明を聞けば聞くほど、あまりの整合性の高さに、私はそれが「絶対の真実」であると完全に信じ込んでしまった。逃げ場なんて、最初からどこにもなかったのだ。私が生きている限り、お父様も、故郷の九国も、商王朝の冷酷な罠によってすべて破滅させられてしまう。私は深く絶望し、目の前の呂望に最後の褒美を与えて屋敷から退出させた。静まり返った部屋のなか、私は自らの命を絶つための白い布を、天井の梁へと静かにかけた。私がここで死ねば、商の言い掛かりから九国を守ることができる。そして、私を心から心配してくれた、あの温かい人たちをこれ以上巻き込まずに済む。――ごめんなさい、嬴風お姉様。――ごめんなさい、大好きな、妲己ちゃん。私は冷え切った部屋のなかで、二人の優しい顔を最後に思い浮かべながら、静かに、その首を吊ったのだった。




