妥協
紂王伝 第109話 翌朝、私は正妻の風(嬴風)へ昨夜の出来事について簡単に説明を済ませると、すぐさま比干叔父上と箕子叔父上の両重鎮を執務室へと呼び出した。傅華が私の許可を得ることなく、勝手に侍女を身代わりにして王を謀ったこと。そして、即座に彼女へ邸内での謹慎を申し渡したことを一通り説明し、事態の収拾のために実父である九侯を朝歌へ呼び出す方針への同意を求めた。「――事情は把握いたしました。して、陛下。この件、どのような決着をお考えでございますか」宰相たる比干叔父上の問いかけに、私は己の腹積もりを率存に明かした。「ああ。すべては九侯の出方次第ではあるが、私としては、できる限り事を大きくしたくはない。もし九国側が『傅華を国許へ連れ帰りたい』と言うのであればその要求に応じるし、ほかに代わりの娘がいないと言うのであれば、一年ほど王后の侍女として奉公させ、それを此度の罰とする。そのうえで、時期を見て再び私の側室へと戻すつもりだ」私の提示した極めて穏健な処方箋に、比干叔父上と箕子叔父上は顔を見合わせ、苦笑とも得心のともつかぬ息を漏らした。「……陛下は相変わらず、身内には甘いお方だ。まあ、そこが陛下の美徳であり、同時に付け込まれかねぬ弱点でもあるのですがね。――よろしい、その寛大な方針に我らも賛成いたしましょう」二人の承諾を得られたことに深く感謝し、私は即座に九国へ向けて、九侯召喚の使者を送り出させた。使節の護衛には、我が商の正規軍千名ほどを随伴させる。これ以上の大軍を動かせば、周囲の諸侯に「商が九国を討伐しに動いたか」と無用な戦乱の誤解を与えてしまうため、兵数は必要最低限の規模に抑えた。公務に一区切りをつけた後、私は再び奥(後宮)へと戻り、風へ朝廷での決定を同じように説明した。傅華とすっかり打ち解けていた風は、彼女の命まで奪われるわけではないと知り、心底安堵した表情を浮かべていた。続いて、私は妲己の屋敷へと足を運び、彼女にも事の顛末を同じように伝えた。話を静かに聞いていた妲己は、少しだけ俯いたあと、「傅華お姉様に面会に行きたい」と健気に願い出てきた。「一応は謹慎の身の上のため、頻繁に足を運ぶことは許されん。だが、どうしても行くというのであれば、事前に私か風の許可を必ず取ってから向かうようにしなさい」「はい……。ありがとうございます、旦那様」本当に仲良くなっていたのだな。実の姉妹のように傅華を慕っていた妲己の、その健気な心中を察すると、胸の奥がズキリと痛む。(すまんな、妲己。王として、これが今の私にできる精一杯の配慮なのだ)私は胸の内で愛する側室へと深く詫びながら、遠く北西の地からやってくるであろう九侯との、来たるべき政治交渉へ向けて、静かに思考を巡らせるのだった。




