許して差し上げますわ、優しい私に
紂王伝 第105話 王后(嬴風)への挨拶に向かうと、案の定、あの『ちび助』が当たり前のような顔をして居座っていた。王后の屋敷での対面を無難に済ませ、お暇した直後のこと。私は廊下を歩くちび助の後ろ姿を見つけると、気安さを装って声をかけてやった。「妲己さん。もしよろしければ、少しお話しいたしません?」「はい、喜んで! どういたしましょうか? 私の屋敷になさいますか、それとも傅華さんの屋敷へ伺いましょうか?」弾んだ声で、実に見え透いた愛想のいい返事が返ってくる。私はまだ自邸が片付けの最中であることを理由にし、ちび助の屋敷へと向かうことにした。(ふうん……。建物だけは、それなりに立派なものね) 案内された己氏の邸宅を、私は値踏みするような視線で見回した。さて、中身の調度品や侍女たちの質がどれほどお粗末なものか、じっくりと拝見させてもらおうかしら。「傅華さん、今すぐに、お茶の用意をさせますね」ちび助が甲斐甲斐しく声をかけてくる。「あら、気にしなくても宜しくてよ。でも、折角ですわ。有難く頂きますわね」私は優雅に扇を揺らしながら、立ち働くこの屋敷の侍女たちの動きを観察した。――ふん。やはり、どいつもこいつも所作に品が欠けているわね。教養がまったく足りていませんわ。まあ、この朝歌に嫁いできてまだ三年と少しの小娘だ。それまでは未開の東夷の一員に過ぎなかった諸侯の家系なのだし、こればかりは仕方のないことかしら。そうこうしているうちに、用意されたお茶をちび助が自ら手ずから淹れ、私の前へと差し出してきた。(ふふ……。側室の先輩風を吹かすこともなく、ちゃんと新参の私を敬って、自分の『立場』を弁えているじゃない。感心感心)身の程を知ったその従順な態度に、私は内心でひどく満足していた。あの野蛮な変質者の爺を身体で骨抜きにして、お咎めなしでのさばっている不届きな寵姫――。今日ここで、名門としての圧倒的な格の違いをたっぷりと分からせて、涙目になるまで徹底的にいじめてあげようと思っていたのだけれど。どうやら、そこまでする必要はなさそうね。あまりにも格下が立場を弁えて、張り合いがありませんわ。「おいしいお茶ですこと、妲己さん」私は優越感に浸りながら、ちび助の手ずから淹れた茶に口をつけた。あの野蛮な年寄りに媚びを売って悦に浸っている哀れな田舎娘。その無知さを大目に見て、無罪放免で『許して』あげることにいたしましょう。――さあ、この私の溢れんばかりの慈悲深さと優しさに、心の底から感謝しなさいな、ちび助。




