ちび助、気に入らないわ
紂王伝 第103話 輿入れから二日目の朝。我が九国から連れてきた五十名もの女官たちが、荷物の片付けや家具の搬入のために、埃に塗れながら忙しく立ち働いていた。屋敷の中がそんな戦場のような騒ぎになっているというのに、あろうことか、あの商の王は「家族の絆を深めるための遠乗り」などという正気を疑う提案をしてきた。馬鹿なの……?なぜ私が、直に馬の背にまたがるなどという、野蛮な騎馬民族の真似事をしなければならないのか。まあ、自らの力自慢のために、獰猛な野獣を素手で殴り殺すような狂人の王だ。その程度の野蛮な発想しかできないのも仕方がない。けれど、お願いだからその退屈な蛮行に私を巻き込まないでほしいわ。「忙しい、本当に忙しい……。あ、ちょっと! そこ、その調度は私の好みではないわ。他の、人の目に触れない奥の物置へでも放り込んでおいて頂戴!」私は指示を飛ばしながら、新築の屋敷の中でイライラと扇を煽いだ。そして、三日目。侍女たちが重い家具の設置に追われ、一日中せわしなく動き回っている。やることもなく退屈した私は、窓辺に腰掛け、暇潰しに庭の向こうに見える他の側室の邸宅をぼんやりと眺めていた。その時だった。私の目が、あり得ない光景を捉えて見開かれた。――あの『ちび助』の屋敷の玄関から、商の王が堂々と姿を現したのだ。この朝の、陽が昇ったばかりの時間に、側室の寝所から出てくるということは……意味する答えは一つしかない。「な……何ですって……?」私は朝歌へ向かう一ヶ月の旅路の道中、商の宮廷に渦巻く不穏な噂を徹底的に調べ上げ、情報収集させていた。あのちび助――己氏の妲は、王の兄である微子啓と共謀し、西周の後継者である伯邑考を拉致殺害するという大罪を犯したのだという。それほどの大不祥事を引き起こしながら、新興の弱小諸侯に過ぎない蘇国の娘には、不思議なことに何一つお咎めや処罰が下された形跡がない。その理由が、今、完璧に理解できたわ。(なるほど……大罪を犯しておきながら罰を免れた訳は、あの野蛮な王を身体で骨抜きにして、すっかり寵姫の座に収まっているのね!)おぞましい。おぞましすぎるわ。あんな乳臭い幼児を愛好するような変質者の王に、この二百年の名門たる私の気高い肉体を、あと数日で差し出さなければならないなんて。しかも、あんな馬の骨の田舎娘が、王の寵愛を一身に受けて後宮の頂点で悦に浸っている。「――っ、何よ、あれ」見れば、屋敷の前にはあの妲己が、王の見送りのためにちょこんと姿を現していた。その顔を見た瞬間、私の胸の奥で、どす黒い激しい怒りが爆発した。なにあれ。何なのよ、あのちび助の、世界一幸せだと言わんばかりの蕩けた笑顔は――。私を、二百年の名門の姫であるこの私を差し置いて、寵姫気取りで世界を支配したかのようなツラをしている。気に入らない。本当に、心の底から気に入らないわ。「ふん……いい気になっちゃって、あのちび助め。……お望み通り、その生意気な面面、名門の格の違いを以て跡形もなくぐちゃぐちゃに引き裂いて差し上げますわ」私は窓枠を爪が割れんばかりに強くきしませながら、あの蕩けた笑顔を浮かべる妲己を、憎悪に満ちた目で激しく睨みつけ続けるのだった。




