第13話 才能を信じて
何度目かの話し合いが行われた後、バルタザールが二人の男を伴って、部屋を訪れた。
「エリザベス様、お目にかけたい人物が二人います。連れてきました」
老練な執事長は、いつもの落ち着いた声で、そう切り出した。
連れてこられたのは、この領地に暮らす建築技師のトーマスと、庭師のウィルだという。
バルタザールは、二人の来歴を手短に語った。その腕に自信を持ち、二人はかつて王都へ出たことがあるのだという。けれど、そこでは成功することなく地元へ戻り、今はこの土地で細々と仕事を続けている、と。
その語り口は淡々としていたが、エリザベスは言葉の奥にあるものを感じ取った。バルタザールは、ただ二人の経歴を並べているのではない。彼らの才を、確かなものだと見込んでいる。だからこそ、こうして連れてきた。
「この二人なら、お役に立てるかと存じます」
二人を後ろに立たせて、バルタザールが頭を下げる。その一言には、長く人を見てきた者の確信があった。
エリザベスは、バルタザールの判断を信じている。とはいえ、これから共に計画を進める相手だ。自分の目でも見ておきたい。
計画に向けて、彼らがどんな働きをしてくれるのか。まずは、一人ずつ、話を聞いてみよう。そう考えて、最初に向き合うことにしたのがトーマスという人物だった。
***
トーマスは、見るからに緊張していた。
背筋を硬く伸ばし、膝の上で両手を握りしめている。視線は、なかなかエリザベスのほうへ定まらない。話しかけても、返ってくる言葉は短く、声は少し上ずっていた。
気を楽にしてほしくて、二言三言、当たり障りのない言葉をかけてみる。ただ、やはり反応はあまり良くならない。
エリザベスは気にせず、計画について少しずつ話していく。
つくりたいと考えている宿のことを話しはじめた、そのときだった。
この土地の景色を損なわず、それ自体を生かした、静かな宿をつくりたい。豪奢な造りではなく、窓を開ければ朝日が見え、戸を出れば森の匂いを感じられる。素朴ではあるけれど、この土地にしかない景色を存分に味わえる。そんな特別な場所を。
その言葉を聞くうちに、トーマスの目の色が変わった。
握りしめていた手がほどけ、身が、ほんのわずか、前へ傾く。
「それでしたら」
堰を切ったように、彼が語りはじめた。
この土地で採れる石材のこと、木材のこと。それぞれの素材が持つ性質と、それをどう生かせば長く美しく保てるか。建物を建てる土地の地形を読み、風と日の流れに逆らわず、景色の中に溶け込むように据える、その考え方。
言葉は、次から次へとあふれてくる。先ほどまでの硬さは、もうどこにもなかった。建築のことを語るトーマスは、まるで別の人のよう。
そして彼は、用意してきたという紙の束を、おずおずと差し出した。
それは、施設の原案だった。求められる前から、彼が自ら描き溜めていたもの。
エリザベスは興味を引かれ、一枚、また一枚と、それに目を落とした。
そこに描かれていたのは、エリザベスがあの夜、頭の中で思い描いていた光景と、かなり近いものだった。景色を削るのではなく、景色に寄り添う建物をつくる。自然を残したまま、人の手を加えても破壊することなく、溶け合うように。
それを見た瞬間に、この人になら任せられる、と思えた。最初から信じようとしていたけれど、エリザベスの想像以上だった。ここまでとは。
「宿の建設、お願いできますか」
エリザベスがそう告げると、トーマスは束の間、言葉を失ったようだった。まさか、その場で任せてもらえるとは思っていなかったのだろう。
それからトーマスは、深く、頭を下げた。忠誠を誓うように、ひどく丁寧な、長い礼だった。
「それが……私が、ずっとやりたかったことです」
絞り出すようなその声に、エリザベスは、彼がこれまで歩いてきた道のりを、ふと垣間見た気がした。王都では正当に認められずに帰ってきた者が、ようやく自分の力を発揮できる場所を見つけた——そんな所作だった。
***
次に面談するのは、庭師のウィルだった。
彼は、トーマスとは違っていた。
部屋に入ってきたときから、その目には、はっきりとした警戒の色があった。エリザベスを見る視線はどこか値踏みするようで、容易には心を許すまいとしているのを感じた。
貴族の小娘が、領地の開発などになぜそうも熱心なのか。何か、裏があるのではないか。口にこそしないが、彼の態度の端々から、そうした疑いが滲んでいた。
エリザベスが話しかけても、彼の返事は短い。言葉を選び、必要なこと以外は語ろうとしない。寡黙な、固く閉ざした構えだった。
もしかしたら、とエリザベスは思った。この人は、これまでに何度も、貴族というものに失望してきたのかもしれない。仕事で、そういう相手を何人も見てきたのだろう。
その警戒を、エリザベスは責める気にはなれなかった。
気を悪くするでもなく、急いで距離を縮めようとするでもなく、ただ会話を続け、彼の言葉を待った。
やがて、何かの拍子にエリザベスが、この土地の草木のことに触れた。
その瞬間、彼の声に、かすかに熱がこもったのを、エリザベスは聞き逃さなかった。
その関心に触発されたように、ウィルが語り始めた。
この地に昔から生える草。湿った土を好むもの、日向で強く育つもの。よその土地から持ち込まれた華やかな花よりも、ここに根を張ってきた、地味でも丈夫な草木のほうが、よほどこの風景に似合うのだ、と。
エリザベスは、相槌を打ちながら、その話に聞き入った。知らないことばかりで、一つひとつが面白い。その心持ちが、そのまま表情に出ていたのだと思う。
そんなエリザベスの態度に、ウィルの口が、少しずつほぐれていった。
値踏みするようだった視線が、いつしか語ることそのものへと向けられている。問わず語りに、彼は、さらに言葉を重ねていった。どの草が、どの季節に、どんな表情を見せるか。庭師として長く土と向き合ってきた者だけが知る、生きた話だった。
頃合いを見て、エリザベスは尋ねた。
「この地に根ざした植物を使って、人が見惚れるような景色を、つくることはできるでしょうか」
そんな問いかけに、ウィルが、ふと口をつぐんだ。
その目が、エリザベスをまっすぐに見た。先ほどまでの警戒とは、別の色だった。本気でやるつもりなのかと、問いかけるような。
やがて、ウィルの態度が徐々に変わっていく。警戒心が減り、興味が滲みはじめた。
できるかどうか、ためしてみたい。そう言いたげな顔だった。おそらく、それは、彼自身がずっとやってみたかったことだったのだろう。よその花で飾り立てるのではなく、この土地の草木そのもので、人の心を打つ景色をつくりあげる。そう願っているのが、伝わってきた。
エリザベスは、ウィルの表情を見て、任せようと決めた。
「あなたに、お任せしたいのです」
押しつけるのでも、試すのでもなく、ただ、信じて委ねる。そのつもりで、言葉を置いた。
ウィルは、しばらく、こちらを見つめていた。
それから、ふっと、肩から力が抜けた。観念した、というふうに。
この令嬢は、本気なのだろう。ウィルの表情から、そんな納得が滲んでいた。
「……わかりました」
短い言葉だった。けれど、その一言に、彼が込めたものの重さを、エリザベスは確かに感じ取った。
「やらせてもらいますよ。全力で」
飾り気のない、それでいて、揺るぎのない声だった。
***
二人との面談を終えて、エリザベスは、静かに息をついた。
性格も、心の開き方も、まるで違う二人だった。一人は、語るうちに自ら胸の内をひらき、もう一人は、警戒の殻をゆっくりと解いていった。けれど、向き合ううちに見えてきたものは、同じだった。
どちらも、確かな才を持っている。そして、どちらも、この土地への、深い思いを抱いている。
かつて王都では活躍できなかった二人が、いま、その力を存分に振るえる場所を得た。彼らの才は、初めから、確かにそこにあったのだ。ただ、それを正しく見てくれる目に、めぐり合えていなかっただけで。
自分が、すべてを為せるわけではない。図面を引くことも、庭を仕立てることも、エリザベスにはできない。
けれど、と思う。
力ある人を見出し、その本当の望みを引き出し、信じて任せる。自分にできるのは、きっと、そういうことなのだ。今日、トーマスとウィル、二人と向き合って、その手応えを、初めて確かに掴んだ気がした。
もとはと言えば、バルタザールが、あの二人を見出して、連れてきてくれたからだ。彼の見立てを信じてよかった、と、心から思う。
構想は、もはや、ただの絵空事ではない。それを形にする手が、いま、揃いはじめている。
計画を、一歩ずつ前に進めていく。
窓の外では、湖が、変わらず静かに横たわっていた。その水面に立ち上がるはずの景色を思い描きながら、エリザベスは、胸に灯った充実を、しばらく、そっと味わっていた。




