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辺境で理想のリゾート地を創り上げます ~婚約破棄された令嬢の、穏やかな再出発~  作者: キョウキョウ
第二部 辺境開発とリゾート文化の誕生

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第12話 景観を価値にする

 夜。エリザベスは自室の机で、友人たちからの手紙を読み返していた。


 燭台の灯りが、便箋の文字をやわらかく照らしている。窓の外は、藍を深めた夜が広がっていた。


 セレスティアの几帳面な文字。リネットの丸みを帯びた、あふれるような文字。アドリアンの簡潔で落ち着いた文面。何度も読み込んだ言葉の数々を、エリザベスはまた、ひとつひとつ目でたどっていった。


 三人とも、王都で起きたあの出来事を知っていた。エリザベスの身に降りかかった理不尽に、それぞれのやり方で憤り、それでいて、変わらぬ言葉で支えてくれていた。


 あなたは何も間違っていない、と。それから、どの手紙の終わりにも、同じ約束が記されていた。近いうちに会いに行く、と。


 その文章を読むたびに、エリザベスの胸に、温かいものが灯った。


 彼らが、わざわざ時間を作って会いに来てくれる。こんなに嬉しいことはない。


 ふと、一つの思いが浮かんだ。せっかく遠い辺境まで足を運んでくれるのだ。ぜひ、心を尽くしてもてなしたい。どんなふうに迎えれば、あの三人は喜んでくれるだろう。


 考えるうちに、ひとつの問いが立ち上がってきた。


 彼らを、どこに泊めればいいのだろう。


 屋敷には、もちろん客間がある。けれど、あの部屋に三人を通したところで、それで十分だとは思えなかった。もっと楽しんでもらえる方法はないか。エリザベスがこの土地で本当に届けたいのは、立派な調度や手の込んだ料理だけではない。


 夜明けの湖の景色だった。橙から金へと色を変えていく水面。霧を照らす朝の光。風の匂い。立ち止まって息をのむ、あの静けさそのものを味わってもらいたい。


 この土地の美しさを、存分に味わってもらうには——どんな空間が、いちばん相応しいのだろう。


 その問いに向き合ううち、ひとつの構想が少しずつ形になっていく。


 湖を見渡せる場所に、静かに身を休められる部屋があったなら。豪奢な造りではなく、ただ、窓から朝日が見え、戸を出れば森の匂いがする。喧噪を離れ、自然の中で、心を癒やすために訪れる場所。景観そのものを価値とした、そんな宿泊の場を、この土地につくってみたらどうだろう。


 遠い王都から、静養を求める貴族たちが、わざわざ足を運んでくる。豪華さではなく、ここにしかない景色を求めて。


 そう思い描いた瞬間、エリザベスの頭の中で、別の何かが、かちりと音を立てて噛み合った。


 これは、辺境にある領地の問題の解決策にもなるかもしれない。


 景色を守りながら、領民を豊かにする。その答えが、いま、見えた気がした。



***



 閃きの熱が引かぬうちに、エリザベスは思い描いた構想を書き留めた。


 この土地の景色は、それ自体が人を呼ぶ力になるのではないか。森を拓くのでも、山を掘るのでもなく、ただこの美しさを、そのまま価値に変える。外から人を招き、その人たちが落としていくものが、この土地に新しい実りをもたらす。


 思考が、ひとつ、またひとつと繋がっていく。


 宿泊施設をつくるには、それを建てる者がいる。大工や石工、木材を伐り出して、運ぶ者。その作業を任せる人材が必要になる。


 建てて終わりではない。宿は、経営する人がいなければ立ちゆかない。客を迎え、部屋を整え、食事を支度し、湯を沸かす。給仕する者、料理をつくる者、掃除をする者。客が訪れるかぎり、その働き口は、絶えることなく続いていく。


 新たな仕事が生まれれば——と、エリザベスは考えた。


 それは、若者が村に留まる理由になるかもしれない。


 バルタザールが語っていた、あの問題。仕事を求めて若い者が王都へ流れ、村には年寄りばかりが残り、働き手を失った畑が細っていく。その流れを、わずかにでも、押しとどめる力になれはしないか。



***



 翌朝、エリザベスはバルタザールを部屋に呼んだ。


 昨夜、何度も頭の中で組み立てた構想を、初めて人に打ち明ける。話そうとして、胸が高鳴るのを覚えた。荒唐無稽だと、一笑に付されはしないだろうか。けれども、その不安を抑えて、エリザベスは語りはじめた。


 この土地の景色を価値にしたいのです。森も山も損なわずに、外から客を招くための、宿泊施設をつくる。そうして、領民に新しい仕事をもたらす。こうしてみたら、どうでしょうか。


 バルタザールは口を挟まずに、最後までエリザベスの話を真剣な表情で聞いていた。


 話し終えても、彼はすぐには答えなかった。視線を落とし、顎に手を当て、何かを順序立てて確かめるように、しばらく口を閉ざしていた。その沈黙が、エリザベスにはひどく長く感じられた。


 やがて老練な執事長は、ゆっくりと顔を上げ、エリザベスに視線を合わせた。エリザベスは、息を詰めて次の言葉を待った。


「思いも寄らぬ着想です。困難もありますが、可能性もありますね」


 その一言に、エリザベスは、強張っていた肩から力が抜けるのを感じた。


 否定でも、無条件の賛同でもなかった。価値と難しさの両方を、彼は同じ重さで見据えていた。だからこそ、その言葉には確かな手応えがあった。


 それから二人は机を挟んで語り合い、構想を具体的な形へと組み上げていった。


 宿泊施設をどのような造りにするか。客を迎えるための人を、どう集め、どう育てるか。


 建てるための職人をどう手配するか。そして、それらすべてを動かすための資金をどうするか。バルタザールは、ひとつの事柄を挙げるごとに、その先に控える課題を淡々と並べていく。漠然とした思いつきが、彼の手にかかると、少しずつ、綿密な計画と呼べる形に仕上がっていく。


 その過程で、見えてくるものがあった。


 これは容易な道ではない。もし宿泊施設に客が来なければ、注ぎ込んだ労力と資金は無駄になり、領民たちの暮らしは、いまより一層苦しくなるかもしれない。


 それどころか、中途半端に土地へ手を入れた末に、守りたかったはずの景色まで、損なってしまうことすらありうる。


 バルタザールが整理する課題のひとつひとつが、その危うさと現実を、突きつけてくる。


 それでも。


 エリザベスは、迷わなかった。


「問題が起きた時は、私が責任を負います」


 自分でも驚くほど、その言葉が静かに、けれどはっきりと口から出ていた。


 誰かに決めてもらうのを待つのではない。差し出された案を、ただ受けるのでもない。自分が主体となって、この構想を進める。そして、起きたことの責めは、自分が引き受ける。婚約破棄で居場所を失って、ただ流されるようにこの地へ来た自分が、自らの足で前に踏み出そうとしていた。


 本気で、この土地の景色を気に入り、守りたいと思ったから。覚悟を持って挑んでいける。


 バルタザールは、そんなエリザベスの決意を、たしかに受け止めた。



***



 計画を組み立てた後、エリザベスは父へ宛てて、新たな手紙をしたためた。


 以前、近況に紛れて領地の困難を綴った、あの便り。今度は、その問題に対して挑んでみるという報告。考えついた構想のあらましを記し、そして、この地の開発に着手する許しを求めた。当主である父の承認なくして、進められる話ではない。


 手紙を送り出してから、返事を待つ日々は、落ち着かなかった。


 父からの返信が届いたのは、幾日かが過ぎた頃だった。


 エリザベスは、封を切る指に、わずかな緊張を覚えながら、便箋を開いた。父の、見慣れた筆跡が並んでいる。


『お前の構想は面白い。詳細を詰める必要はあるが、計画そのものには賛成だ。必要な支援があれば惜しまない。お前が本気で取り組むというのなら、私もできる限り後押ししよう』


 返信を読み終えて、エリザベスは、しばらく手紙をじっと見つめた。


 計画の許可だけではない。協力まで、申し出てくれている。父が、面白いと言ってくれた。賛成してくれた。


 その言葉を、エリザベスは、心のうちで繰り返した。あの王都で、自分の価値を、いとも容易く否定された。お前など、と切り捨てられた。その記憶が、まだ胸の奥に消えずに残っている。そんな自分の考えを、面白いと認めてくれた。


 それは、何よりの自信になった。


 後ろ盾を得て、構想は現実に動きうる計画へと、確かな一歩を進めた。



***



 父の許可を得て、エリザベスは、バルタザールとマーティンの二人を呼び出すと、本格的な協議の場を持った。


 卓を囲み、計画を形にするための知恵を、それぞれが持ち寄る。


 バルタザールは、実務の課題を次々と挙げていった。資金の見通し、職人の手配、客を迎えるための人の確保、食事を整える体制、そして、客がたどり着くための道の整備。けれど、彼はただ難題を並べるのではなかった。ひとつ挙げるごとに、必ずその先に、問題を解きほぐすための糸口を添えた。


「こういう方法もあります」「近隣の領で、こういう先例がございました」


 立ちはだかる壁の手前に、彼はいつも先回りして、見当をつけて置いてくれる。その先を見通す力が、エリザベスを支えていた。


 マーティンは、土地のことを詳しく語った。


 どこに建てれば、あの湖と山並みを、もっとも美しく望めるか。日の差す向き、風の通り道。春には何が芽吹き、秋には森がどう色づくか。季節ごとに、この土地が見せる、いちばんの顔はどれか。そして、どの村の、どんな者たちが、この試みに手を貸してくれそうか。長くこの土地に根を張ってきた者だけが知る、生きた知恵だった。


 エリザベスは、その語り口に、少し前の話し合いを思い出した。


 森を拓き、山を掘ることを、誠実に説いてくれた、あのマーティン。あのとき彼が示した道は、この土地を思えばこその提案だった。けれど、エリザベスは別の答えを選んだ。


 それでも今、彼はそのことを気にした様子もなく、景色を損なわずに活かすという新たな道を、誰よりも熱心に肉づけしてくれている。


 自らの案に固執することなく、その土地や領民のためになる道を選ぶ。その実直さに、エリザベスはあらためて胸を打たれた。


 話し合いは、尽きることがなかった。


 ひとつの考えが、次の考えを呼ぶ。三人の言葉が、互いに足りないところを補い合っていく。課題を見つけては向き合い、計画の穴をひとつずつ埋めながら、構想を少しずつ現実の形へと近づけていった。


 ひと通り意見が出そろったところで、エリザベスは、ひと呼吸おいて口を開いた。


「私たちが目指すものを、はっきりさせておきたいのです」


 二人の視線が、こちらへ向く。


「この土地と、そこに住む人たちの暮らしを良くする。それを第一の目標にしたい」


 儲けることを否定するつもりはない。けれど、それを最初に置きたくはなかった。守りたいのは、この土地の美しさと、ここで生きる人たちの暮らしだ。利益は、その後からついてくればいい。


 その言葉を聞いて、バルタザールが深く頷いた。


 家のため、人のためと、自らの想いを後回しにしてきた令嬢が、いまは自分の意志で目標を掲げている。


 長く仕えてきたバルタザールの頷きには、計画への同意を超えた、別の色が滲んでいるように、エリザベスには見えた。


 マーティンのほうも力強く頷く。その目に、希望の光があった。やがて彼は、近日中にでも目ぼしい土地を見て回りましょう、と申し出た。請われたわけでもないのに、もう次の一手へと、自ら身を乗り出している。口にしてくれない代わりに、その所作のひとつひとつが、自分を支えようとしてくれる心を、エリザベスは感じた。


 まだ計画段階。決めねばならないこと、解決すべき課題は数えきれないほど残っている。それでも、ひとつ確かなものがあった。


 その場にいる三人の意志が、同じ方を向いている。


 その手応えを抱いて、エリザベスは、暮れていく湖の光景を思い描いていた。その光景を守る。そのための第一歩は、すでに踏み出されていた。

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