14-3
けれどもそれが奏功して、ほぐれる感情があったのもまた事実。
「……すごく嬉しいよ」
嬉しいに決まっているのだ。他でもない好きな人に抱き寄せられているのだから。こんな恋人同士みたいな触れ合い方、北上くんとしてみたいなって、ずっと思い描いていたのだから。
「私は、北上くんが好き。だから、北上くんにこんな風に優しくされたり近い距離で接されると、すごくドキドキして、嬉しい……でも、そのぶんつらい。だって、北上くんを好きになればなるほど、独り占めしたくて堪らなくなるんだもん。北上くんが他の子と親しくしてるのを見るだけで苛々して、許せなくて、心が狭くなっちゃうんだよ」
胸の内を語ると共に脈動が速まり、息の詰まるような苦しさを覚えた。あれほど寒いと思っていたのに、身体じゅうが熱まで持ち始める。
「私は苦しかったよ……北上くんを好きな気持ちで、北上くんのことを傷つけちゃうんだもん。今日のお昼だってそうだった。北上くんが百華ちゃんを見ることすら許せなくて、私は苛立ってた。それで、北上くんに八つ当たりした。本当はあんなこと言うつもりじゃなかったのに……」
弁明にもならないような言開きを並べて、私は自分のなかのものを手当たり次第に投げつける。それで何が伝わるのかさっぱり分からないけれども、溢れる水のように自分では止められなかったのだ。
「……悪かったな。そんなにしんどい思いさせちまってたなら、俺ももっと早く言えばよかったよな」
北上くんは少しの間黙っていたけれども、私の言葉が途切れたのを確かめて口を開く。
どことなくばつが悪そうに、彼は続けた。
「まあ……俺もびびってたんだよ。なんせ好きな奴の前で本当の気持ちを明かして、嫌われるのは流石に怖かったからな」
「え……北上くんにもそんな感性あったの?」
つい軽口が先走ってしまったけれども、打ち明けられた彼の本音をいとおしく思う気持ちは本当だった。
普段は他人の都合など気にするそぶりもなく、散々な唯我独尊ぶりを示している彼が、たかが一人の人間からの目を気にしていたのかと思うと何だか微笑ましいし、その相手が自分だと思うと堪らなく愛くるしい。
「私達、結局同じところで一歩踏み出せなかったんだね……」
北上くんがそうであったように、私もまた相手との関係が壊れたり、気まずくなったりすることを恐れて、決定的な行動に移すことが出来ずにいたのだ。
お互いに好意を抱きながらも、確信が持てないまますれ違う。実に滑稽な有様だった。
これまでの経緯に敢えて『両片思い』という名前をつけて、心のなかで美化しようと試みるも、小恥ずかしいだけだったのですぐさま取り下げる。
そうこうしていると、北上くんが一度立ち上がって自らの位置取りを変え、今度は私の後ろから完全に包み込むように両手を回して抱き締めるのだった。
「――――好きだよ、律子。俺のこと、独り占めしたいならすればいいじゃねえか」
改まったように告げられる、何よりも欲しかった言葉。
更に、その後に続く。
「俺は、とっくにお前のものなんだからよ」
北上くんはさりげなく言ったつもりなのだろう。声のトーンが、いつもの気だるげなものに戻っているので、その一言で私をどうこうしようという意図はないはずだ。
けれども、無自覚の破壊力を含む彼の言葉は、相変わらず私の心を容赦なく揺さぶる。
「…………そういうとこだって」
お茶を濁すような言葉で返答するけれども、高鳴る鼓動は収まらない。
とりあえず、今もなお身体に回されている北上くんの腕にぎゅっとしがみつきながら、私は蹲るふりをして、にやけた顔を引き締める時間を稼いだのだった。




