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左手首がじんわりと温かい。北上くんは握るのではなく、包み込むような所作で私のそれを掴んでいた。
その手に引かれたなら、私は抗うこともままならず、一度は外へと出した足で再び室内へと戻らざるを得ない。
本当なら珠里ちゃんを捜しに行くはずだったのに、という後ろ暗さは、だって北上くんが、という責任転嫁で覆い隠す。
秋の曇り空からの日差しは寂しく、ひんやりとした部屋。北上くんもそれに気づいたのか、電気を点けてくれたので明るさだけは確保できた。
北上くんが作業スペースの入り口に近い席に座ったのにつられ、私もその隣に腰を下ろしてしまう。
もう手は掴まれていなかったけれども、彼の目は私から離れていなかった。
「――ったく、律子はさ。いつも自分のことは後回しだよな。今だって珠里も大変なのかもしらんけど、絶対律子もしんどいって思ってる。俺の嗅覚は誤魔化せねえぞ」
どうして他人の感情を“絶対”などという言葉で断定できるのか。押しつけがましさは相変わらず。だけど、温かみと茶目っ気を含んだ声色とともに笑いかけられると、こちらの口元まで緩んでしまう。
それとともに、はっきりと言葉になった黒いものが私のなかに落ちて染みていく。
どうして私だけじゃないんだろう――――
不意に驚くほど細やかで情けの深い接し方をされて、まるで馬鹿みたいに心を揺さぶられているというのに。
自分が必要と感じたら誰にでも世話を焼くのは北上くんの良い持ち味でもあるけれども、今となってはそれが同時に憎らしかった。
そんな私はとんだ自己中だ。後回しどころか、まるで自分のことしか考えていない人間だ。
それでも性懲りもなく、彼の視線の先がずっと私だけであれば良いのにと願いながら、呪詛のような当てつけを吐く。
「…………北上くんのせいだよ」
我ながら酷い言い草。
さっき百華ちゃんが言っていたように、感情なんてそもそも自分のなかにあるもので、人のせいにするなんてお門違いもいいところだ。
私の言葉を受けた北上くんは、目を見開いた真顔になった。流石に面食らったようだ。
とはいえ察しの悪い彼のことだから、まさか自分に非があるとは見当もつかないはず。糾弾に対して、ふざけるな、俺のせいじゃない、などとがなり立てながら抵抗するに違いない。
否定するのは一向に構わない。一方的に言い放った私の方が投げやりになっていた。
けれども。
北上くんは、反論も弁解もせず黙り込んだ。うつむいたまま落ち着きのない瞬きを繰り返す彼の睫毛が、そのたびに揺れて影を落としている。
大分感じの悪い言い方だったし、鉄の心臓を持つ北上くんとはいえ多少のショックを受けたのかもしれない。
しょんぼりしている姿はちょっと可哀想だとは思うけれども、既に心がささくれまくっていた私は、より意地の悪い選択をする。
「まあ北上くんの言う通り、しんどいから私、教室に戻ることにするね。どや顔出来るだけの嗅覚があるなら、理由は聞かなくたって分かるでしょ」
嫌味であり匂わせでもある言葉を吐き捨て立ち上がり、表情を作れずに狼狽えている彼を一瞥して、私は部屋を出た。
普段は押しつけがましくて、逃げるものをしつこいほど追いたがる北上くんだというのに。
すっかりへこんだようで、今はちっとも追いかけてくる気配がなかった。




