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三十三

 私の家は、普通では無い。

 最初は最悪だと思っていた。

 だけど、今では別に最悪ではなかったな、と思う。


 確かに、人に話すような特別なことがあったとは言いにくい。

 けど、私にとってはそんな“特別で無いこと”が、大切なことだったんだ。



☆☆☆☆☆



 春。

 高校生になる私……宮本美沙みやもとみさは、憂鬱だった。


 今日から高校に通う。


 その通学路には、前まで来ていた制服を着ている人間なんて一人もいない。

 明らかに新入生ははっきり分かる。

 不慣れな感じで歩いている。


 そのみんなが、私と同じような暗そうな顔をしている。

 確かに、普通の人であればその表情は、やれ知らない人に囲まれる、高校生活に馴染めるかわからない、なんて考えるんだろう。


 私が今考えているのは、『生活のこと』だ。


 今日の学校が終われば向かうのは、買い物だ。

 買い物が終われば、ご飯を作る。

 明日のために洗濯をして、明日着る制服のアイロンをかける。

 服を乾かしたら、風呂に入らなければいけない。

 寝る前に宿題が出るならやらなきゃいけないし、明日のお弁当を作らなきゃいけない。

 そんなことをしていれば、何か他のことをする暇もない。


「はぁ」


 それを始めてもう既に三年は経ったのだが、それでも面倒であるし、忙しい。


 高校は前にいる地域とは全く違うところに来たため、周りを見渡しても知っている顔なんてものはいない。

 それはその逆も同じと言うことで、周りは私のことを見てヒソヒソ話している。


 またため息をつきそうになると、


「初めまして」


 そんな声が聞こえた。

 その声は明るく、嫌味な感じが余りしない声だった。


 顔を上げると、そこにいたのは女の子。

 少し茶色い髪の、ボブポニーテールの女の子。

 人懐っこそうなその表情に、私は少し見入ってしまったが、


「あ、うん、初めまして」

「私一中の鳥元漣とりもとさざなっていうんだ。

 あなた見ない顔だけど、どこの出身?」

「あ、私ここら辺じゃないんだ、出身」

「へー、ま、ここら辺の人でそんなに可愛い人なら噂になるもんね」


 にこやかに、人が話しやすいように話すその様子に、私は戸惑う。

 正直、友達なんてできるとは思っていなかった。

 保護者の都合によって選択させられたここは、あまりにも前に住んでいたところとは違う。


 そんな私に声をかけるやつなんていないだろうと思っていた。


「あ、名前教えてよ」

「私、美沙って言うんだ。

 よろしく」

「美沙ね……いい名前だね」


 鳥元さんはうんうんと頷いて、私の名前を復唱する。

 私はその様子に、目の前にいる鳥元さんが、何を考えて話しかけてきたのかわからなかった。

 中学では女子から全員敵視されていたせいで、私は友達がいなかった。


 だからだろうか、こんな時に話す話が思いつかない。


「あ、美沙ちゃん昨日のテレビ見た?」

「テレビ……最近見てないなぁ……」


 申し訳ない。

 そんな感情が自身の中から出てくる。


 家のこともあって、流行りのものが分からない。

 知らないわけじゃないし、知りたくないわけじゃないんだけど、私は悲しいくらいに機械音痴である。

 使えないわけではないのだが、なんだか機械のこととなると頭に入って来にくいのだ。

 そのため、習得に時間がかかってしまう。


 そんな時間とれるわけないので、未だに私の家のテレビは置物状態だ。


「あ、気にしないで!

 今の時代テレビ見る人の方が少ないと思うしさ、無理して話合わせる方が面倒でしょ?」

「あ、うん……」


 鳥元さんは気にしないでと手を振りながらフォローする。

 その様子にさらに申し訳ない気持ちになる。

 鳥元さんは話を変えるように、私の方を見ながら、


「それにしても美沙ちゃん可愛いねぇ。

 髪なんかツヤツヤだし、肌もすっごく綺麗だし……」

「あ、ありがと……」


 私は照れながらも、鳥元さんを見る。

 鳥元さんは私のことを羨ましそうに見ているが、本当に羨ましいのだろうか?

 日差しみたいな笑顔で、誰が見ても笑顔だと言えるようなその容姿。

 それに私のことを褒めるけれど、鳥元さんだってよく見ると肌は綺麗だし、髪もしっかり手入れされているのがはっきりと分かる。


「お、おはよ……って、ついに若葉に目覚めたのか、漣」


 私の手を両手で愛でている漣鳥元さんに声がかかる。

 その人物は、普通の男子より少し背が高く、痩せ型。

 周りの人に比べるとだぶついていない制服。


 特に特徴的な顔をしているというわけではないが、顔のそれぞれのパーツが整っている。


 そんな彼が、鳥元さんを見て話しかけていた。


「ちょ、若葉に目覚めるとか変なこと言わないでよ、秀」


 その男子の言葉に鳥元さんは仲が良さそうな返しをする。

 その男子は鳥元さんの方を見た後、私の方を見て、


「あ、ども」


 ぶっきらぼうに話した。


「もう、美沙ちゃんが可愛いからってそんな適当な挨拶しないの」

「いや、そんな初対面の人に馴れ馴れしくできないわ」


 鳥元さんの方を見ながら、その男子は苦々しそうに話す。

 私も確かに馴れ馴れしく話されるのはちょっと得意じゃないので、安心した。


「あ、こいつは同中の吉秀よししゅう

 吉は大吉の吉だけで、結構珍しい苗字なんだよ」

「吉……君?」

「あー、苗字で呼ばれるの苦手なんだ。

 秀で頼む」


 私が名前を呼ぶと、吉……秀君は苦手そうな顔をした。


「こいつ、聞いての通り吉、という名前だから中学のあだ名はヨッシー」

「別にそれが嫌なわけじゃねーよ。

 ただ、最近吉って名前で呼ばれるより、秀って呼ばれたいなって思っただけだよ」


 ふーん、変なの、と鳥元さんは秀君の話を聞いている。

 私はその話を聞いて、少し親近感を感じた。


「あー、秀って言います。

 この漣よりかは特徴はないけど、よろしく」

「ちょっと、何人のことを変人呼ばわりしているのよ」

「あー、美沙……さんだっけ?

 こいつ、こんなちゃらんぽらんな感じだけど、めちゃくちゃな量の特技持っているんだよ」

「特技?」

「あー、俺が知っているのだとまずピアノ、書道、バイオリン、陶芸、ステンドグラス、華道……」


 私は秀君の話を聞いて、思わず苦笑いを浮かべる。

 そんな量の習い事をできるということは、お金持ちであるということだ。

 私はそういう人たちが苦手である。


 でも、それだとしても秀君の口から出てくる習い事の数が普通のそれではない。

 鳥元さんも否定はしないところを見ると、事実らしい。


「だけど、大体が一ヶ月かそこらでやめてるんだけどねぇ」

「……それ、全部しっかりと全国一位とか撮った後にやめてるんでしょ?」


 まぁね、と少し誇らしそうにする鳥元さんに、私は本当なのか疑ってしまう。


「ま、本当にしろ嘘にしろ、こいつは個性の塊みたいなやつだけど、俺はそんなすごい人じゃないから、よろしく」


 鳥元さんに向かってふふんと鼻を鳴らす秀君。

 鳥元さんは少し恨めしげな表情で秀君を睨み返す。


「と、鳥元さんってすごい人なんですね……」

「確かにさっきの話に間違いはないけど、それでも言い方ってもんがあるでしょ?」

「あ、美沙さん、だからってこいつは嫌味な奴ではないんだよ。

 習得が鬼のように早くて、極めれるんだけど、本人が情熱を感じれないせいで、飽きっぽい。

 けど、人付き合いに関してはめちゃくちゃいい奴だよ」


 ベタ誉めする秀君に、鳥元さんは軽く殴る。

 二人の仲の良さに少し羨ましいものを感じた。


 そして同時に、私の秀君への第一印象は、『鳥元さんの彼氏』だった。

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