三十二
楽しみにしていると、一週間というものは早く過ぎ去ってしまうものである。
この一週間で劇的な変化というものは起きることはない。
だがしかし、珍しいことは一週間のうちに数回は起きる。
「ほんと、あんな点数取るなんてなぁ」
「もう、VRの中でも言うのはしつこいよ」
ごめんごめんと謝るヒデヨシ。
ここはサライではない。
少し機械的で、現実感のなさがにじみ出ている空間……リアルトークというソフトで、二人は会話している。
ミヤはサライの時と同じような格好で、椅子に座って話している。
一方でヒデヨシは、サライと同じ顔立ちではあるが、腕が凧のようにグネグネと動き、服が肌色になってしまい、もはや人間とは言いがたい容貌になっている。
「だからこうやって体を張って面白いことしてるんじゃん」
「……それで許されると思ってるのぉ?」
細めた目でヒデヨシを見つめるミヤ。
その視線に耐えられなくなり、ヒデヨシは、
「『五十嵐屋』のパフェ」
「大盛りね」
「大盛りってミヤ食えないじゃんか……」
ヒデヨシは嬉しそうな表情をするミヤに、これ以上はツッコミをしなかった。
「それにしても、イベント前は二時間のメンテナンスだなんて、かなり凝ってるんだねぇ」
「まぁ他のゲームに比べれば確かに長いけど、その分他のゲームと比べてお祭り感が強いからさ」
今日は土曜日。
サライのイベントは基本的に土曜日曜と行われることが多い。
イベントの動員数を考えて、土日にしているらしい。
「私なんか寝付けなくていつもの学校にいく時より早く起きちゃったよ」
「んー、俺はなんだか心配になって昨日色々確認していたから寝不足だなぁ」
ふあぁ、とあくびをするヒデヨシ。
その様子に、ミヤはクスリと笑う。
ヒデヨシはそんなミヤの様子に気づかないまま、時間を確認した。
「そういえば、トイナのやつはなんて行ってた?」
「『私も開催と同時にログインします。 東の『あづまちゃや』で待ち合わせしましょう』って」
「おっけ」
トイナが以前、ヒデヨシと密会していた場所だと確認すると、ミヤは不思議そうに、
「そういえば、なんで今回トイナさん味方についてくれるんだろうね」
「ん?
別に気にすることないんじゃないか?」
「いやさ、実は先週の土曜日に一緒に『白兵戦』に出かけたの。
その時にトイナさん、なんだか思いつめた表情で【四天王】に挑むって行ってたのに……」
ミヤの疑問に、ヒデヨシは少しひやっとしたが、なんとかごまかせると言うことに気づく。
「まぁ、別にトイナのやつだって機械じゃないんだし、気が変わることもあるだろうよ」
そうして誤魔化している間に、ヒデヨシは苦笑いに表情を変え、
「そんで今更なんだけど、トイナに会うのはいいんだけど、ミヤが俺とつながっているってバレると大変だったんだからね……」
「ま、トイナさんも私がいるなら、って言ってくれたし、よかったじゃん」
トイナとヒデヨシの関係は悪いものという認識だったが、ヒデヨシがトイナにミヤのことに関して頼む時に、話を合わせて、
・トイナはミヤと一緒にイベントに出てみたくなった。
・そこでミヤが、ヒデヨシと友達であることを伝える。
・だが、それでもミヤがフレンドであることには変わらないので、一緒にプレイするという。
・しかし、条件として、トイナはヒデヨシと言葉を交わさず、必要最低限しか言葉を交わさない。
ということになった。
ヒデヨシとトイナに以前のような大きな溝は無くなっている。
二人とも今では壁もなく、ちゃんと話せる。
しかし、いきなり仲が悪いと思っていた二人が仲良く話せばどうなるだろう。
絶対何か企んでいると思われる。
ましてや、ヒデヨシがいきなり仲の悪いトイナと仲良くなっていればどう見えるだろう。
明らか、とまではいかないだろうが浮気のことが頭を過ぎるかもしれない。
そんな面倒なことになられると面倒なので、二人は話を合わせた。
「お、そろそろ時間だね」
「そうだね」
ミヤは椅子から勢いよく立ち上がり、
「さ、行こっ!」
ヒデヨシに手を伸ばした。
☆☆☆☆☆
『さぁみなさまお待たせいたしました』
城の上空に投影されているのは、赤髪で和服の女性。
「あれ誰?」
「運営」
ヒデヨシとミヤは、道いっぱいにいる人の塊から外れ、遠くから投影された映像を見ている。
空中に投影された女性は、やや幼さ自体はあるものの、大人びている感じをまとっている。
その話し方や佇まいからは、緊張感が伝わる。
『今回のイベント……『深き深きモノタチヨ』
二陣営イベントというサービス開始初期から続いているこの二陣営対戦……』
「またアルファちゃんの悪い癖だ」
「アルファちゃん?」
「えっと、まず説明していくと、あの上空に映し出されているのはAIです」
えぇ、と驚くミヤに、ヒデヨシはまだ驚くのは早いと告げ、
『地下……いえ、深淵から迫る形なき意識たちは、あなたたちの中に入ってきます。
それを受け入れるも受け入れないもあなた次第。
そうして、『地表のモノ』『深淵のモノ』と陣営が別れることになりました」
「基本的には運営のマスコットキャラとでもいうべき人が三人いて、ローテーションでイベントを運営している。
それが、アルファ、オメガ、ベータ。
赤色、青色、黄色で覚えてくと楽だよ」
「それで、さっきアルファちゃん“の”悪い癖って言ってたけど……」
そ、とヒデヨシはミヤの言葉に肯定する。
『『深淵のモノ』を受け入れたあなたたちに、深淵の意識は語りかけます。
“斬れ”と
『地表のモノ』もまた、感じるでしょう。
“斬れ”と』
「それぞれ個別の人格を持っているAIで、特色が出るんだ。
それで、今日写っているアルファちゃんの特徴は、『語り好き』
あの子は別に説明しなくてもいいことまで説明するから……」
ヒデヨシが言葉を止めると、ところどころ人だかりから話し声が聞こえるのを確認できた。
別にアルファちゃんに直接言っているのではないだろうそれは、例えるなら授業前に先生が来るまでのわずかな時間ばりのうるささだった。
『そうして、二つの陣営がぶつかります。
斬って、斬られ、そうして、『深淵のモノ』は一体何へ私たちを導くのでしょうか』
「あはは……気づいてないや……」
「ま、気長に待ってようよ」
「私トイナさんにここら辺いるって伝えとくね」
お願い、とヒデヨシは辺りを見渡し始めた。
別に誰かを探しているわけではないが、とりあえず知っている人がいないかな、という思いで見渡している。
『そして、斬った先にあるもの……その意思は、魂は、何を見せるのだろうか……』
「あ、ミヤさんっ」
「トイナさん!」
そうしていると、向こうから見つけられたみたいで、トイナが手を振りながら近づいてくる。
『それでは、イベント『深き深きモノタチヨ』スタートです!』
その瞬間、怒声が鳴り響く。
トイナも、ミヤも、ヒデヨシも耳を塞ぎ、その声に驚愕している。
声でまるで地面が揺れているようだった。
「おはようございます、ミヤさん」
トイナはミヤに対して礼儀正しく挨拶をすると、ヒデヨシの方を向き、プイとそっぽを向く。
「おはよう、トイナさん」
ミヤはその様子に、苦笑いを浮かべつつも、トイナに挨拶を返した。
「あ、そういえば、二人とも陣営投票してなかったよね?」
そこでヒデヨシが気づく。
イベントの開始が宣言された途端、ヒデヨシは草色のローブに身を包まれた。
体全体を覆うマントは、体の中が見えないようになっている。
ヒデヨシのマントの中は赤色……つまりは『地表のモノ』を意味し、こんイベントにおいて有力な戦力だと言われている。
人数が『深淵のモノ』より多く、噂ではダテや【四天王】はこちら側につくという話が聞こえている。
ヒデヨシはミヤの始めてのイベントなんだし、勝ってほしいなという思いで、有利な方を選択した。
「あ、そうだね、陣営決めないとマントもらえないんだっけ?」
「そうですね、私も忘れていました」
二人はメニューを表示し、どちらの陣営に着くか決める。
イベントが始まる二日前から選択が可能で、一度決めると変更はできない。
早めに投票してしまうとなんだかもったいない気がする、というミヤの話で、ヒデヨシはまぁいいかと勝手にスルーしていた。
そして、トイナとミヤは陣営を選択し、マントを身に纏う。
どちらも草色のマント。
外見からは判断ができない。
この時まで気づかなかったのは、様々な要因があったせいだ。
「ヒデヨシ」
ミヤはヒデヨシの前で積極的に基礎練に取り組んだ。
「ごめんね」
ミヤはヒデヨシの前では、余計なプレイヤーと会話するのを避けていた。
「私」
ヒデヨシは、一方でミヤの味方を増やすために、誰がどの陣営についているかを調べていたため、ミヤに注視していなかった。
「ヒデヨシを超えたい」
ミヤは、自身のマントの裏側を見せる。
「【灯台】、【政宗】、【道標】、【モトクラシ】、【毀滅】、【流麗】、【アマゾネス】。
さらには名も無き侍、300名以上」
そこには青色……『深淵のモノ』を表すマント。
気づくと、ミヤとヒデヨシの周りに、百を優に超えるプレイヤーがいた。
「私は、このイベント、優勝する」
ミヤは、不敵に笑っていた。
マントを翻し、ミヤはウィンドウを操作する。
今回のイベントでは馬小屋が完全にキャパオーバーになるため、ウィンドウからの参加だ。
周りのプレイヤーも続々とウィンドウを表示し、操作していく。
次々とイベント対戦の場へ向かっていく中、ミヤは思い出したかのようにヒデヨシの方を振り向き、
「無理だったら諦めてもいいんだよ」
笑顔で、そう言った。
ミヤの笑顔は、とても見慣れたものだと思っていた。
だけど、その笑顔はいつもの笑顔ではなかった。
付き合って一年経とうとしている今。
最初の第一印象は甚だ不本意なものだったけど、今となっては懐かしい。
なんでこんなことを思い出すのかは分からない。
だけど、確かに今こんな状況になって思う。
ミヤ……美沙が向けてくれる笑顔は、本当の笑顔だった。
その想いは、確かなものだった。
だけど、いつ誰が、それを永遠の信頼だと勘違いしてしまったのだろう。
俺は、自身の腰の二振りにそっと手を触れ、
桜の花びらを、思い出す。




