二十六
斬られたと認識した瞬間、視界が黒に染まる。
その黒は一瞬で終わり、視界に光が差す。
「大丈夫?」
ヒデヨシの顔が映る。
ミヤはそこで、自分が負けたことを悟る。
そうして思いついたのは、
「何が起こったの?」
あまりにも一瞬の出来事。
なぜ自分が負けたのか理解が追いつかないミヤ。
その様子を見たヒデヨシは、ミヤから視線を外す。
その視線を先を追うと、そこにいたのは先程まで戦っていた一番隊のメンバー。
「なぁ、確かにミヤが強いのは知っている。
だけど限度があるじゃん、ねぇ。
二つ名狩りしてる人たちがさぁ、寄ってたかって全力で初心者の女の子いたぶるのって、どうかと思うんだよねぇ」
「いや、その、私たちも敬意を持って戦ったんですが……」
「敬意なのは分かるし、接待しろなんて言わないけどさぁ。
大人気なくないの? 課せられた範囲で倒すべきじゃない?」
ヒデヨシの口から漏れ出す一番隊への恨み言。
その数々の言葉に、アマリはタジタジになる。
「あらあら、ヒデヨシさん、随分ミヤちゃんにお熱らしいねぇ」
そこで会話に割り込んできたのは、尼。
「お熱って、別に普通の反応でしょう?
初心者に“対二つ名持ち”の対応するって頭おかしいでしょ?」
「それだけミヤはんの実力を認めたいうことやないか」
「そうは言ってもオイチさん、こいつらだって刀の能力解禁しないで勝てたはずでしょ?」
そう言ってヒデヨシはアマリの方を見る。
「そう言われましても、二人が欠けた状態で、さらには初見のはずの私の刀の一撃を躱したのです。
判断のレベルを引き上げないとやられてしまうと判断したんですよ」
「……そうか」
「実際に戦ったからこそ分かることがあるんやろなぁ」
自慢げにヒデヨシに語る尼……オイチは、ゆらゆらと歩く。
ミヤはなんだか褒められている気がして、微笑んだ。
「それで、一つお聞きしたいのですが……」
そこでアマリが声をあげる。
ヒデヨシはその言葉に反応する。
「ミヤ殿は本当に初心者なのだろうか?」
「いや、正真正銘初心者だよ、ねぇ」
ヒデヨシがミヤの方を向くと、ミヤは頷いて答える。
その様子に、ならばとアマリは、
「不躾な質問で申し訳ないのだが、ミヤ殿は現実で戦いの心得を得るような機会があるようなお方でしょうか?」
「いや、俺ら普通の現代日本に住む普通の人間だよ」
これにはヒデヨシがミヤに尋ねるまでもなく答える。
アマリがミヤの方を向くと、ミヤも同感だというように激しく頷く。
「それならばどこであのような戦いの勘を鍛えられたのですか?」
「戦いの……勘?」
これに答えたのはミヤ。
アマリはそのミヤの言葉にえぇ、と言った様子で返す。
「それじゃあ、別に特別なことはしていないと、そうなのですか?」
「そうなのですかも何も、このゲームやっててそんなすごい人いるかなぁ?」
「あら? 意外といるもんやで、そういうすごい人」
どこからか現れたオイチの言葉に、そうなんだと返すヒデヨシ。
一方のミヤは、そんなヒデヨシの淡白な返しに驚いていた。
リアル……ミヤたちが学生であるように、対面しているプレイヤーは、もしかしたらすごく怖い人かもしれない。
そう考えた。
その瞬間、
「ここでは斬ったものが是。
絶対。
勝者。
理」
その言葉は、まるでヒデヨシではない人間が言っているように感じた。
だが、その言葉にはどこか不思議な信頼感があって、
「確かに、この箱の中では、等しく皆が人を斬り、斬られる」
「そうですね、確かにそんなこと気にして斬ったことはありませんね」
オイチが掌を返すように、
ルイがまるで自身が呼吸していたことを思い出したかのように、話した。
☆☆☆☆☆
「おしゃべりも済んだところですので、それでは次に参りましょうか」
しばらく会話していると、ルイが思い出したかのように話を変える。
「次?」
「えぇ、ミヤさんが集団戦の体験をしたので、次はヒデヨシさんかと」
「俺は別にいいけどな……」
「そう言わないでくださいよ。
ヒデヨシさん、探してるんじゃないですか?」
「探している?」
ミヤは、ルイの何か知っている様子に質問する。
「さっきの様子から、ヒデヨシさんは思っているはずです。
ミヤさんが安全にイベントを過ごせないだろうかと」
「あー、確かに、思ってそう」
「そこでヒデヨシさんには二つの選択肢があります。
一つ、自身の力のみで守りきる。
一つ、他の力を借りて、組んでイベントに参加する」
ルイの話し方から、外見に似つかない推察力だと思う。
そこでミヤも気づく。
「あ、もうここにいる時点で……」
「そう。
ミヤさんの集団戦への適応をこの【灯台】に頼んでいる時点で、自分一人の力では不可能だと感じたのでしょう」
「そう……なの?」
ミヤがヒデヨシの方を見る。
ヒデヨシはミヤの視線に対し、反応しない。
肯定なのだろうか、と考えるミヤ。
「でもまぁ、あの【羽柴】が頼みってのは、面白いねぇ」
ルイの背後に現れたオイチは、くすくすと笑いながら話す。
その様子にミヤはヒデヨシの方を見る。
「そこの【羽柴】は一対一を生業としていて、他の人間と組むことなんざ見たことなくてねぇ。
それがこんな頼み事だなんて珍しくて……」
ミヤがヒデヨシの方を見ると、
「別に人と組みたくないわけじゃないんだよ。
組んでもよく裏切られるから、それなら組まないほうがマシだって思っただけ」
そう弁解するヒデヨシに、ミヤの笑みが漏れる。
「それで、ヒデヨシさんを手伝うのは個人的には構わないんです。
でもそれがこと【灯台】に頼むとなると話が変わってくるんですよ」
だが、ルイの話から察する。
ヒデヨシは、ミヤのために何か対価を払って手伝いを頼もうとしていることを。
「ヒデヨシ!」
「わかってるよ」
ミヤの呼びかけにヒデヨシは冷静に返す。
「いや、別にそんな大層なことを頼もうとはしていないですよ。
現にヒデヨシさんと一緒にイベントをやれること自体かなりレアですからね」
「じゃあ、なにすればいいんだ?」
「今ここにいるうちの全小隊と戦って欲しいんです」
は?
ヒデヨシは面食らった顔をしている。
「あんた、自分の価値がわかっとらんとちゃいます?」
そんなヒデヨシの顔に、ヒデヨシの背後に立ったオイチは語りかける。
「一対一なら両指で数える範囲にいる使い手。
未だに解明されていないその刀は、そもそもなかなか使わないせいで、より一層謎に包まれている」
「そんな相手と刀を交えることができるだけでも、【灯台】としてはかなりの収穫なんですよ」
ヒデヨシはその言葉に、キョトンとした顔をする。
そして、ミヤだけには見えた。
ヒデヨシの口の端がつり上がっていることに。
「いいぜ、全小隊、かかってきなよ」
☆☆☆☆☆
「よーし、それじゃあ張り切っていこうね」
男達の怒号が上がる。
道場は大きさが変更可能なため、可能な限り大きく変更されている。
ミヤは今回の戦いに参加しないため、増設された二階に避難している。
ヒデヨシは腰の刀を撫でている。
ミヤはその様子を眺めながら、心配している。
ヒデヨシの相手は、五人の小隊が八つ。
計四十人。
このゲームは一人対多人数の戦闘を考慮していない。
それは初心者であるミヤでも十分に分かる。
「心配なんですか?」
「ルイさん……」
「さん付けなんてやめてくださいよ、ミヤさん」
「……ならそっちだってさん付けをやめてね、ルイ」
ルイの笑顔にミヤは微笑みながら返答する。
「ヒデヨシがどんなプレイヤーなのか知らない?」
「えっと……申し訳ないけど……」
ミヤは自分でも知らないうちに悲しい顔をしていた。
その表情の変化にルイは機敏に気付き、
「ヒデヨシさんはミヤの前にいる時は、私たちの知っているヒデヨシさんとは違うよ」
「……違う?」
ミヤはルイの言っていることが分からず、質問し返す。
「うーん、言葉でははっきりとは言えないんだけど……。
今のヒデヨシは、なんか、楽しそう?」
「今までは楽しそうじゃなかったの?」
「そういうことではないんだけど……」
ルイはヒデヨシの方を見る。
今回はヒデヨシの方から開始の合図をかける。
男達は殺気立ち、隊列を組んでいる
ヒデヨシは未だに刀を抜かず、自然体のまま。
「あの感じも、前まではもっと違った。
前は……もっと切羽詰まってる……っていうのは言い過ぎだけど、余裕がなさそうだった」
ミヤはルイの言っていることがイマイチ分からなかった。
そして同時に、そう感じる分寂しさが胸を満たす。
「でも、確かに言えることは、ミヤさんと一緒にいるヒデヨシさんは、前よりキラキラしてる」
ルイのその一言は、ミヤに届くはずだった。
だが、その一言は、
「開始」
ヒデヨシの言葉と【灯台】の怒声が、その言葉をかき消した。
ルイについて
【道標】と呼ばれ、【灯台】を率いているプレイヤー。
その外見は十歳程度の少女にしか見えないにもかかわらず、その体躯に見合わないほどの大刀を振る。
珍しいことにサライの中で帯刀をしないプレイヤー。
さらには刀の能力もはっきりと解明されていないことから、危険視されている。
現実ではかなり重い設定を背負っている。
病院生活、といえば伝わるでしょうか?




