第16話 聴取1
2月4日 18:43 富士自衛隊病院第501病室
「なるほど...捜査関係者に話したこと以外覚えていることは無いと...」
寺脇は改めて聞いた聴取内容に若干がっかりしていた。せめて、何か新しいことを聞けると思ったのに....。
「申し訳ありません寺脇二佐。せっかく東京の本部からお越しいただいたのに」と病人である成宮が謝る。
「いやいや、仕方ないよ。あまりにも突然だったんだろうし」と取り繕う寺脇。
夕食前に成宮と富士駐屯地に所在する第128警務隊隊長を交え寺脇と土屋が聴取を行っていたが、はっきり言って聴取資料よりも分かったことはなかった。
「まぁ、また何かわかったら教えてよ。我々は何時でも君のこと待っている。これは俺の携帯番号。どんな些細なことでも教えて」と手帳を切り取って寺脇が紙片を成宮に渡す。
席を立とうかと腰を浮かした時、成宮が「あぁ、そういえば」と呟いた。
「ん、なに?」と寺脇が尋ねる。
「いえ、あまりにも些細なこと過ぎて黙っていたのですけど...」と成宮。
「なんでも言って、俺そういう話大好きだから!」と食いつく寺脇。
若干、気圧される成宮。それでも口を開いた。
「実は...目が自衛官だったんです」
「へ?」と驚く寺脇。
「いや、すみません」と成宮はてっきり寺脇の機嫌を悪くしたと思い詫びた。
「いやいや、続けてよ」と寺脇が慌てる。
「え..あ、はい。私が彼を呼び止めた時、私を見た目が訓練された人間が他人を見極める時の目だったんです。危険を察知し、その元凶に狙いを定める時の目。しかもそれはやっつけの、任官したての目じゃ無い。海外派遣や国内の災害派遣で悲惨な光景を見てきた隊員にしか出来ない目でした。なぜ、そう思ったかと言うと...」
そういう成宮は必死に自分の記憶を呼び起こしているようであった。そして、皆そんな姿に聞き入っていた。
「私は任官して今年で7年目ですが、3年前の『三保半島沖地震』の際に出動し現場に行きました。その際、ある被災地から帰還した同期を見つけたので声をかけたところ、そいつは私が知っている奴とは違う目をしていました。あとから聞きましたが、奴は津波で沖に流され海岸に漂着した遺体の搬送を行ったそうです。腐乱し、遺体を鳥が嘴で突っついてボロボロになった遺体を一つ一つ遺体袋に入れて回収してきたそうです。あまりにも悲惨で恐ろしい現場で作業したと憔悴していました」
成宮の話を聞いていた人間全員がその光景を想像した。
海岸に溢れる漂流物。その中に横たわる遺体達。絶望し、神にすがり、まだ死ねない想いを引きちぎられて死んでいったであろうその表情。しかし、それらは津波に流され、至る所を建造物や漂流物、岩に叩きつけられ引きづられたためか至る所が損傷し、完全体もあるが五体満足で無い遺体や切り取られた体の部位が目立つ。しかも、夏の終わりとはいえ暑い日差しによって腐食し悪臭を放っている。それを単に「エサ」と捉えて群がるハエや鳥達。そして、それらの中で無言で作業する自衛官達...。
「ちょっとすいません...」と口を押さえて土屋が出て行った。
「すみませんみなさん。変な話をしてしまいました」と成宮が再び詫びた。
「いいえとんでもない。成宮二尉、ここだけの話、私も犯人を自衛官だと疑っていた節がある。理由は言えないけどね」
「本当ですか!?」と成宮が驚いたように声を上げた。
「ええ、貴方のおかげで自信が持てた。また、来ます。体調がすぐれない時にありがとう!」
それだけを言って寺脇は土屋を追おうとした。が、部屋を出る前にもう一度成宮を見た。
「お大事に!」
「土屋ちゃん、大丈夫かー?」と女子トイレに向かって声をかける寺脇。
すぐに顔面蒼白の土屋が出てきた。
「す、すみません。風景を想像しちゃって...」
「ダメだよ、自衛官が風景想像しただけで吐いちゃ」
「はい.....」
「まぁ、でも仕方ない。でもおかげで自信が持てた」
「犯人が自衛官というやつですか?」
「まぁね、とりあえずは.....」と後ろを振り向いた。寺脇の後方には第128地区警務隊所属の隊員がいた。
「彼が寝室まで案内してくれる。部屋は1室しか用意出来なかったらしくて、悪いけど相部屋らしいよ」
「...変なことしないでくださいよ、奥様に言いますからね」
「しねぇよ!」
翌朝、富士駐屯地食堂で飯を食べた後に.....といっても日曜であるため、菓子パン2個とアップルジュースのみであるが.....2本の電話をかけた後富士駐屯地を発った。大臣射殺事件の生存者である警備の警官に話を聞くためだ。アポはすでにとった。
といっても、その調子で来れば8時過ぎには病院に着いてしまうため、少し寄り道をすることにした。
「しかし、病院で早朝面会と同じ自衛官とはいえ朝っぱらから聴取に行くのと、どっちが失礼なんですかね」
と土屋が寺脇に聞いていた。
海上自衛隊横須賀地方総監部、通称「横須賀基地」の内の総監部建物の中にある小会議室に2人の姿はあった。
「帰るついでに横須賀に行って遺体発見時の状況を直接聞こう」、と寺脇が言い出したため2人はここいる。
部屋の扉がノックされた。「失礼します」との声が聞こえる。扉が開きそこから黒い制服に身を包んだ2人の男女が入ってきた。
寺脇と土屋は起立して出迎える。
その女性を見たとき、寺脇は「随分綺麗な人だな」と思った。
「改めまして、横須賀地方警務隊副司令の宇垣です」
「護衛艦『いかづち』艦長、椎名です」
「陸自警務隊本部捜査科長の寺脇です」
「同じく捜査科の土屋です」
と一通り自己紹介した後、「どうぞお掛け下さい」と宇垣の一声で皆が座った。
「それで、一応報告書にはありのまま全てを書かせては頂きましたが...もしかして不備でも?」と宇垣が訝しげな尋ねる。
「いえ、報告書は問題なく理解しやすかったです。しかし、やはり捜査する上でどうしても直接本人から聞いた方が、何かしら新発見があるかと思いまして」と寺脇が愛想よく返す。
「そうですか。いや、お気持ちは理解しました。でしたら私はここで席を外しましょう」
と宇垣が海軍軍人.....もとい、海の男のイメージぴったりな紳士的な笑みとともに提案してきた。
「お心遣い感謝いたします」
「終わりましたら本部の方に一声かけてください。それでは、どうぞ遠慮なく」
その時、一瞬だけ宇垣が椎名を見たことに土屋は気づいた。“目配せ”というよりも、一方的に宇垣が睨んだように見えた。
宇垣が出て行くと、静寂が訪れた。宇垣が紳士的であったのに対し、椎名はどちらかと言えば「冷たい」表情をしている。この人は何を考えているのだろうか...寺脇は感情が読めないことに苦慮した。
「それで椎名二佐、同階級同士ざっくばらんにお話ししたいのですが、発見時何かしら気になったところはありましたか?些細、微細なんでも構いません」
「...一応警務に全てを話しました。報告書にも同様に。それ以上は...」と黙ってしまう椎名。
「そうですか...でしたら、遺体を見たときの感想を教えていただけますか?この点は、報告書にも記載されていないようですし」
「それは、私の感想でよろしいのですか?」と椎名が寺脇を射抜くように見つめてきた。
その瞳に一瞬、脳内が痺れる感覚を覚えたが堪えて「はい、もちろん」と一言絞り出す。
「そうですね...」と少し考えた後、椎名は語り出した。
「死に顔が凄惨でした。まるで未練や苦しみ、絶望を一気に描いたような表情をしていました」
「未練...苦しみ...絶望.....」
寺脇はその表情を想像した。
亀田の死に顔は、横浜海上保安部が遺体収容時に撮影した写真で見てはいた。
しかし、それらのほとんどは顔の一部や首を紐のようなもので締められた後などに限られており、全体を写したものはなかったため、この証言は寺脇にとって重要となった。
「他にはありますか?」
「他ですか.....」と椎名が再び考え込む。と、思い出したように顔を上げた。
「きっと、あまりにも仕方のない話かもしれませんが...」
「なんです?」と、寺脇が前のめりになる。
「.....」その姿を見て黙り込む椎名。と、思ったら“クスッ”と突然笑った。
「え?」と、寺脇が驚く。
「すみません...いえ、二佐があまりにも食い入る表情で聞いてくるものですから...」と少し笑いながら椎名が弁解する。
「今まで散々警務隊から聴取を受けましたけど、こんなにも分かりやすく興味を持ってくださるなんて」
「いえ...妻にもよく言われます。“貴方はわかりやすい人だ”と」
「きっと、素敵な家庭なんでしょうね」と目を細めて椎名は言う。
「あ、それで気づいたことというのは?」と寺脇が若干顔を赤くして椎名に質問した。
「はい、これは私の素朴な疑問なんですけど、なぜ亀田陸将補は海に浮いていたのですかね?」
「え?」と寺脇はその質問に素直に驚いた。「どういうことですか?」。
「寺脇二佐は水泳をしたことはありますか?もしくは海水浴とか?」
「えぇ、娘がいるので付き合いがてら区民プールで泳いでます。冬はしませんけど」
「それでは、そのプールにもし冬場外を歩く姿で入ったらどうなると思いますか」
そう聞かれ寺脇はコートを着て、厚着した身体でプールに潜る自分を想像した。きっと.....
「簡単に沈むでしょうね。重いし、動けないでしょうし」
「遺体発見時、亀田陸将補はどんな姿をしていたかご存知ですか?」
そう聞かれた寺脇は、資料写真や亀田の同僚達からの聴取を思い出した。
定時に登庁した亀田は私服を着ていた。情報保全隊司令として着任当初から「情報保全隊司令という立場上、私服の方が階級や職務も分からないし、何かあった時に変な団体から接近されないから」として私服を好んでいた。職務中は制服に着替えて、早退のため退庁する際は私服。そして、遺体として見つかった時も私服...。
「あ!」と寺脇が声を上げた。
「そんな何時間も浮いているわけがない!」
「そうです。仮に私が誰かを殺すとして証拠隠滅で死体を海に捨てるなら、服に水がしみ込んで死体が沈むことを期待します。事実、あれほどの格好なら簡単に沈むでしょう。しかし、陸将補は浮いていた。ましてや冬の厚着をしていたというのに」
「しかし、もしかしたら亀田陸将補が着ていたダウンジャケットや体内に残っていた空気が浮かせたとか?」
「さぁ...。ただ、海も当時遺体回収が内火艇で出来るほど穏やかでした。しかし、陸将補は紐で首を絞められているんです。体内に空気があるわけがないですし、ましてやダウンジャケットに如何程の空気があると思いますか?」
「つまり、犯人は“あえて”見つけさせて亀田陸将補の死を発覚させた?」
寺脇はその新しい可能性に驚いた。犯人は、処理方法に困って海に捨てたのではなく、発覚させるために海に捨てた。しかし、遺体の空気はそれほど無いはずだ。それではなぜ浮いていた?
「そこで今度は私達『いかづち』乗組員が疑われているんです」と諦めたように話す椎名。
「どういうことですか?」と寺脇が驚く。
「遺体発見時に何らかの証拠を消したんじゃないか、と」
「つまり、“遺体が浮いていた原因をもみ消した”というわけですね」
「えぇ、もちろん何もやってませんが。少なくとも私が見ている目の前では何もされていません。まぁ、内火艇で回収しに行った分隊がやっていないとも限られませんが...」と椎名が少し辛そうな顔をした。
「艦長指示で乗組員全員に証拠隠滅の圧力をかけたとか」
「まさか!あなたがそんなことを!!」と、寺脇が叫んだ。
それには思わず椎名も土屋も笑った。
「寺脇二佐、私とあなたはまだ初対面から30分も経っていないのに何を知っているのですか?もしかして、すでに経歴を調査済みとか?」
「いえいえいえ、そんなことは一切ありません。ただ、貴女がそんな事をする人には見えなかったものですから」
「寺脇さん、覚えておいたほうがいいですよ。女は誰でも魔法使いのように男に魔法をかけて騙すことや操ることが出来るんです。既婚者なら気をつけたほうがいいですよ」と妖しげな瞳をして椎名が寺脇を見つめる。
「き、気をつけます....」寺脇は冷や汗をかいていた。
「しかし、遺体を発見させたいのなら、そのまま路上に放置したほうが良くはないですか?何かの間違いで海に沈むリスクを考えたら、そうしたほうが安全ですし」と、2人の様子を伺っていた土屋がようやく会話に混ざってきた。
「ええ、確かにそうです。でも、どうしてもその場に置いておきたくは無かった...現場がわからなくなるように海に捨てたかった」
椎名が土屋に視線を移して頷きながら話した。
「幕張が殺害現場ではないということか」と、寺脇が小さな声で呟いた。
「まさか!」と、土屋が驚きの声をあげる。「最後の発信時間とその場所、死亡推定時刻はぴったりですよ」
「いや土屋、よく考えろ。俺達はそう思ってここまで捜査してきた。いや、捜査関係者全員がそうだろう。でも、そんな時間までやはり浮いているわけはないし、ましてや“どこで殺された”なんて、まだわかってもいないのに捜査方針は幕張を現場と決めつけている」
「それじゃ一体どこで...」
2人は次の聴取人...大臣射殺事件の生存者との面会時間が迫ってきたため移動することにした。
「もし何かあれば本部か私に連絡してください。いつでもお待ちしてます。これは私の携帯番号です」
「はい。私はこれで失礼しますね」
そして、肘を貼らない海式敬礼をした後に、くるりと回れ右をして椎名が立ち去ろうとした。
「あ!椎名二佐!」と寺脇が背中に声をかけた。
「はい?」と振り向く椎名。
「俺は二佐を信じますよ。これは俺の勘です!」
そう笑顔で叫んだ寺脇の顔を眺めた後、椎名は嬉しそうに笑ってから「ありがとう」と言った。
「あぁ、そうだ。土屋二曹」と思い出したように椎名が土屋を呼ぶ。
「ちょっと...」と手招きをされたので椎名の元に駆け寄ると、耳打ちの手の形をされたので椎名の口に耳を近づけた。
「ちゃんと、あの二佐を見守ってあげなさいね。色々と揺れ動く人みたいだから」
そう言われて土屋は思わず吹き出した。見ると椎名も笑っていた。
そのまま互いに、一方は肘を貼る陸式、一方は海式の敬礼をする。寺脇が気づかない程度に微笑み合いながら。
そして、寺脇の元に戻った土屋はそのまま寺脇とともに廊下を歩いた。
階段を降りる寸前、寺脇の「危なかったなぁ...」という独り言が聞こえてきたが、あえて聞こえないふりを土屋はした。
「あの二佐は気づいてたよ」と突っ込みつつ。
「良いんですか?このままあいつらを放っておいて」
ダイエー駐車場止めた車の中で、後部席に座る若い男が運転席に座る男に聞いた。
温和そうな顔をした男は、薄く生えた自身の顎鬚を右手で触りながら溜息をしつつ答えた。
「まぁ、いいっしょ。それよりもさぁ...」
と今度は右手を右耳のイヤホンに触れる。
「あの女艦長、意外と切れるかもね」
「えぇ。変なことを言われる前に“始末”した方が良いかと」
「またそうやって、すぐ君は殺そうとする...。いいかい、俺たちのボスは極力血を流さないことを望んでいるんだ。多少の不利益はあっても、流さない方がいいとね」
「貴方はどう思っているのですか?」と若い男が身を少し乗り出して顎鬚の男に聞いた。
“ここだけの話だぞ”という顔をバックミラー越しに向けてから、顎鬚は話し始めた。
「...んまぁ、今後のことを考えると、多少血は流しても仕方ないとは思うよ。行動を迅速にするためにもさ」と、ハンドルを両手で持ちつつ、まるで何かを振り返るように話し始める。
「だけど、やっぱりダメだよ。血を流せば憎しみを生む。まして、同胞同士なんてのはもはや内戦。下手に拡大して本当に内戦となれば、それこそ“亡国”にまっしぐらだよ」と苦笑しつつ話す。
「...そうですか」と同意を得られなかったことにがっかりしたのか、若い男は残念そうに顔を下に向けた。
「私は、ある程度は流さないと目的は果たせないと思います」
「それは君の考えとして俺は聞いておくよ。それとも、その考えをこの組織の中で突き通すつもりかい?」と先ほどまでの温和な顔とは違う、まるで陣地に侵入した工作員を睨むように鋭い目でバックミラー越しに若い男を睨む。
「...私は軍人です。上からの命令は忠実に従います。正しいと信じて」とミラー越しに顎鬚の男を見る若い男は、一つの信念のもとに決意したかのような目をしていた。
「それで、いいよ。うん、だから君を組織に誘ったんだよ、俺はね」と顎鬚の男は、安心したように笑みを浮かべた。
と、その顎鬚の男の携帯が鳴った。助手席に置かれた携帯を素早くとる。
「はいはい。.....わかりました。はい、どうもご苦労さんです」
切ってから、おもむろにエンジンキーを回す。
「さぁてと、また鬼ごっこの時間だよ」
若い男がその意味を理解したことを背中で悟りつつ、顎鬚の男はアクセルを踏んだ。




