第15話 調査
東京・上野公園のベンチ。融雪剤をかけられなかったのか、先日の豪雪の名残が公園内至る所にある。しかし、1人の若い男がベンチに腰を下ろす分には問題はなかった。マスクをして口元や鼻を隠しているため表情はわからない。
と、そこに別な男性がやってきた。彼は濃い黒のサングラスをしている。年齢は中年以上だろうか。
「隣、良いですか?」
「ええ、どうぞ」
その2人を他人が見れば、ただ公園で偶然出会った2人の男が相席しているだけに見えた。
「わざわざ悪いね。任務を終えたばかりだというのに」
「いえ、退官した身としては常に暇ですから。少しぐらい忙しい方が気楽です」
2人は正面を向いたまま、一切目を合わせずに会話を続けた。
「そう言ってもらうと助かる。それで、君ともう1人の2人で“ある人物”を見張ってほしいんだ」
「殺しは?」
と、少しだけサングラスの男を見た若い男の目が妖しく光った。
「いや、単に監視してほしい。行動を逐一私に報告してくれ」
「わかりました。それで私はこれからどこに?」
「とりあえず、このまま座っていてくれ。それで次に座る男に“亡霊は持っていますか”と、聞くんだ。“心にしまい込んだ”と言ったら後は指示に従え」
「“亡霊は持っていますか”、“心にしまい込んだ”。分かりました」
「以上だ、健闘を祈る」
「ええ、御期待に添えることを」
しばらくしてからサングラスの男が「よっこらっしょ」、と掛け声とともに立ち上がった。
と、遠くから聞き慣れた「羽音」が聞こえた。気づいた若い男が空を見上げた。
そこには、青いヘリがポツンと飛んでいた。それが海自も導入している警視庁航空隊の大型ヘリコプターであることを彼は知っていた。
2月4日 13:40 防衛省警務隊本部
なぜ、ここまで事件が連続するのか。寺脇は頼んでもいないのに忙しいことにうんざりしていた。
昨日、北富士演習場で行われていた演習中に部隊指揮所に不審物が届けられる、という事件が発生した。
概要としてはこうだ。演習部隊の一つであった『富士戦闘群』本部指揮所付近にて警戒していた隊員が、指揮所目の前に小型無人機が不時着していることを確認。その隊員は「上空から異音がしたため、その正体を捜索中発見」したという。
無人機には、封筒と“拳銃弾”らしき空薬莢が透明な袋に入った状態で貼り付けられており、無人機には「我々はいつでも蜂起できる」という文面のシールが貼られていた。
また、トイレに行った隊員1名が行方不明となっており、なんらかの事件に巻き込まれた可能性もあることから演習検閲官であった富士教導団団長は演習中止を指示。静岡県警に通報するとともに、行方不明の隊員を捜索するように指示した。
すぐに、行方不明の隊員が指揮所近くの森で気絶しているのを捜索していた隊員が発見。ただちに富士駐屯地にある富士自衛隊病院へ搬送されたが命に別状はなかった。
また、現着した静岡県警捜査員によって封筒の中身を確認したところ、1枚の紙にパソコンで書かれたと思われる書体で
「大臣射殺実行の宣言」
「官邸への要望文を届けたこと、またその方法がこの無人機であったこと」
「これからも我々の行動は続く」
「我々はどこへでも行き、なんでもする」
という内容が書かれていた。
ドローンは、一般で販売されている物ではなく自分で部品を調達し、自分で作り上げたお手製のものであると富士吉田警察署に置かれた捜査本部では判断していた。構造自体は単純だが、それでもある程度の知識が必要であると考えられていた。
また、“空薬莢”も厚労大臣射殺の際に門前警備の警官から奪われ、大臣射殺に使用された銃弾『.38スペシャル弾』であることや、意識を回復した隊員が「見知らぬ自衛官と接触し気絶させられた」と証言し、犯人の第一印象が「美少年」であったことなどから大臣射殺と同一犯の可能性が高いとされた。また、無人機にはカメラや発信機が搭載されておらず、機体も長距離から操縦するには電波の発信範囲が狭いため、犯人が近くから操縦して指揮所付近に着地させたことに間違いはなく、演習場に侵入した可能性が非常に高いことから通常の一般人や素人による犯行は薄いのではと思われた。
「といっても、たまに演習場にマニアや地元の民間人が立ち入ったりはしますよね」と寺脇のお茶を淹れてきてくれたWACが、お盆を持ちつつ自分の考えを述べた。
「といっても、演習場のど真ん中までは普通いけないだろう。しかも、警備をくぐり抜けて。演習中だからいつもの倍で周りを警備しているし、おまけに検閲部隊が陣地防衛で立哨している。なかなか難しいもん」とお茶を一口飲んでから寺脇が答える。
「第一、政府も困ったもんだよ。あんまり大声じゃ言えないけど、国民には要望文をもらったことは隠して捜査関係者にだけ教えたところで、変に捜査の足かせになるからいっそ公開してくれた方がありがたいけどな」
「まぁ公開して、変な噂が出ても困るし、第一模倣犯とか出ても困りますから」と陸曹長が苦笑しながら会話に混ざってきた。
「まぁそうですけど、なんか数字取り考えて隠して、その間に検挙させようとしているように感じますけどね」と寺脇が応える。
「しかし、気になるな...若い男...イケメン.....」
ふと寺脇が顔を上げた。
「土屋ちゃん、やっぱりイケメンには興味あるんじゃないの?」とからかってみる。
「私そんな面食いじゃありませんから!」とWACが全力で否定してきた。
「まぁ、2つの事件とも同一犯でしょうね。共同溝爆破と亀田陸将補の事件はともかく」と2人の様子を見ながら陸曹長がつぶやく。
「いや、もしかしたら.....よしっ!」と寺脇が立ち上がった。
「ちょっと、この気絶した自衛官聴取に行ってきます。ついでに亀田陸将補が最後に通話したと思われるところにも。私がいない間は捜査科長を陸曹長が代行しておいてください。副隊長には私から言っておきますから。ほら土屋ちゃんも行くよ!」
「え今から、てか私もですか!?」
「いや、そんな突然代行と言われても!」
と2人の叫びを無視して、寺脇は警務隊副隊長に電話をかけた。
それよりも寺脇は娘と妻に捜査のためまた会えなくなるのが辛かった。
約1時間半後 千葉県幕張
濃い緑色のコートを着て男は制帽を、女はベレー帽を被って立っている姿は、さながら戦争映画の主人公たちを思い出させる。冬の気の早い日暮れに照らされているとなれば、戦いが終わり戦死者達の墓標に祈りを捧げる戦友であろうか。
が、ここが、終着点ではなく始発点であることを2人は自覚していたに違いない。
片側一車線の広く幅が取られた自動車道には1台のジープとシルバーのプレマシー、反対側には白いラティオが止まっている。
「ここが最後に亀田陸将補の電波をとらえた基地局か...」
歩道に立つ寺脇は電波塔を見上げでつぶやいた。
「発信位置は、千葉県幕張美浜区中瀬二丁目、つまり幕張メッセの近くだそうです」
と一緒に同行させられる羽目となったWAC...土屋が書き込んでいるだろう手帳を見つつ寺脇に言う。
「普通に考えて、幕張メッセに呼び出された亀田陸将補がその場で殺されて海に捨てられた、というわけか」
「現場一帯はすでに所轄署、あと警務隊本部と習志野の第127地区警務隊も加わって捜査が行われています。一切遺留品とか何らかの形跡は不明のままだそうですけどね」
「現場に向かう亀田陸将補の姿をとらえたカメラはあっても、肝心な“現場”のカメラがないし、まだ特定はできないもんな」
「ところで寺脇二佐」と土屋が寺脇を上目遣いで見つめた。
「なんで現場ではなく基地局に来ているのですか?」
「映画やドラマと違って、現場に我々が行ったところで意味はないだろう。まさか、行って気になったところ調べたら証拠が!!なんてのはあり得ないし。だったらいっそ違った目線で来た方がなんかあるかと」
「絶対ないと思います、そっちのほうが」と土屋が諦めるように言った。
「まぁ、そんなこと言うな。お陰で面白いことに気づいた」と、寺脇が得意げに言った。
「なんですか?」と土屋が興味津々といった感じで聞く。
「ここには、何も証拠がないということだよ」
「二佐、上官ですけど言わせてください。私、本気で怒りますよ」
「すいません」
約30分後
首都高を走る一台の73式小型トラック。そこに乗る2人の自衛官の一方は運転し、一方は資料を眺めていた。
ここから富士駐屯地まで、どんなに早くても2時間はかかる。ましてや、交通法規を遵守して走っては18時半近くに着くのは間違いなかった。すでに富士駐屯地の警務隊に話はしているため、今夜は富士駐屯地の空きベットを借りることになっていたが。
「しかし...」と、土屋が思い出したように寺脇に聞いた。
「何故私が選ばれたんですか?」
「それ聞いちゃう?」
「ええ、それは」
「そうか...」と笑う寺脇ではあったが、土屋にとっては本気で不思議であった。
「あっちに着くのは間違いなく夕方になるからさ、入院している人間にとっては、そんな時間に聴取されるのは嫌だろう?だから、少しでも可愛い子を見てご機嫌を...」
「それ、本気です?」と寺脇を睨む土屋。
「ごめん、嘘。本当は女性の意見聞きたくて」
「え?」と驚く土屋。大きな瞳をした彼女の目がさらに大きく見開かれる。
「自衛隊なんてまだまだ男の組織だし、やっぱり捜査する側も男だろ?だからあえて女性を入れることによって新しい方向から分かることもあるんじゃないかと思ってさ」
「でも、警察の捜査員なら女性もいますよ」
「いや、そこをあえてWACを入れることに俺は拘るんだ。犯人は同じ自衛官だろうしね」
「ほ、本当ですか?」と少し驚いた声をあげる土屋。
「...確かに、演習場に侵入したあげく自衛官一名を素手で気絶させられるのです。しかし、証拠はあるんですか?自衛官だという」
「いや、カンだよ。でも、間違いないと思う」
「そうですか...」
「なんだったら、亀田陸将補も共同溝爆破も同じ人間、もしくは同じ意思を持った人間たちだと俺は思っている」
「え!!」と今度こそ本気で驚いた声を土屋はあげた。
「ま、これもカンだけどね」
「...あたる自信は?」
「ない、でも外す自信はもっと無い」
「信頼が置けませんよ」
「カンだからそうだね。でも、多分当たっている。行けばわかるよ」
寺脇はハンドルをさらに強く握り、富士へとアクセルを踏んだ。
それを監視する人間がいるとも知らずに。




