第13話 日常の狭間で
前話から引き続き同日 12:35
「いけませんな...これじゃ本当にテロですよ」
と、ワンセグを見ながらどこか他人事のように言う陸曹長の声とワンセグから聞こえる射殺現場の様子を伝える甲高い女性レポーターの声を聞きつつ、寺脇は女性自衛官(WAC)が淹れてくれたコーヒーに口をつけながら携帯を見ていた。
昼下がりの午後。いくら自衛隊が国防組織だとしても昼休憩ぐらいはある。食堂に行って飯を食うのもアリだが、寺脇は妻の愛妻弁当...というよりも節約のために作ってくれている弁当に箸をつけ終えて、日課である昼の携帯弄りに勤しんでいた。
といっても、今はどちらかといえば「携帯弄り」というより「情報収集」が適当に思えた。ワンセグ担当は陸曹長で、文面のニュースは寺脇、2ちゃんねるなど一見どうでもいいようなサイトでも重要情報が隠されていたりするからWACに任せて3人で情報を集めていた。
厚生労働大臣が私邸前で射殺されたというニュースを2時間ほど前に聞いてからにわかに部屋が騒がしくはなった。
が、直接的には自衛隊に関係なく、また上からも特に指示がない以上公に捜査活動もできない。それよりも亀田陸将補殺害の犯人の捜査と警察庁より依頼のあった『C-4』爆薬の在庫確認を全国の警務隊と海上・航空警務隊に指示と要請をして報告を受けることなど、日常業務を含めこれらの方が大切であった。だから、そんな射殺事件も今自分達が抱えている案件のせいであっという間に消えた。
それでも、やはり昨日の一件と今回の大臣射殺が無関係とは思えなかった。政府は会見で「犯人が同一犯である可能性は現時点で不明であり、その場合も含め警察には慎重な捜査を指示した」と言っていたが、そんな官房長官の顔が若干焦りに満ちていたように見て取れたのは気のせいであろうか。むしろ、他に何か隠しているのではないか、と寺脇は思っていたがそれよりもきになることがあった。
先日あった亀山...もとい、亀田陸将補と思しき人物からの密告と亀田の死。そして、昨日の共同溝爆破事件と今朝の大臣射殺。
この事件は繋がっているのでは...寺脇はそんな気がして仕方がなかった。
同時刻 東京渋谷区神山町
声の高い女性レポーターが事件現場を伝えているのを背に警視庁刑事の川原は乗ってきたスカイライン型覆面パトカーの助手席に座った。
「やっぱ何も残っていませんでしたね...公安に睨まれて終わりでしたけど」と言うのは運転席に座る後輩の芹沢だ。
「まったく公安の奴らめ、死んだのが大臣じゃなかったら単なる殺人でうちが担当だろうが」とまるで憎しみの塊のような声を出しながら川原が愚痴る。
「いいかっ!まだ、公表はされていないが昨夜の共同溝爆破の犯人とおもしき人物から政府宛に脅迫状が届いている。内容は政府と国家に対する挑戦であり、厚生労働大臣殺害も同一犯による強行と思われる。断じて許すな!国家と、そして我々警察官に挑戦した犯人を絶対に逮捕しろ!刑事部で犯人を捕まえるんだ!!」と、刑事部長の発破を受けて捜査に駆り出された川原他警視庁刑事部捜査一課の面々であったが、余りの証拠のなさに溜息が出ていた。
いや、事件なんてそんなもんだ。最初から証拠がわんさか出てくる事件もあるが、そんな事件は本庁一課の仕事ではない。俺たちの仕事は常人なら諦めてしまいそうな難事件に挑み、絶対に捕まらないだろうとタカをくくっていた犯人を取り押さえることこそが一課の理想だ。
だが、それでも今回は違った。殺害方法は警官から奪った拳銃、それら凶器含めて現場からは警官の装備が持ち去られた挙句唯一の目撃者である生存者の門前警備の警官は「身長175センチくらいで、黒のロングコート着用、肩幅がある男で、顔はイケメンだった」という情報しか知りえていなかったし、指紋は冬だから手袋をしていたため期待皆無。周辺の防犯カメラの映像に顔が写っていることを期待して探してはいるが、現時点で有力な手がかりなし。目撃者も普段いる門前警備の警官がいないことを不審がった近所の婆さんの通報で駆けつけた警官来なければ、気絶させられた警官が目覚めるまで気づかなかったという状況であった。
「にしても、そんじゃそこらのタマじゃねぇよな。警官気絶させて、SPと秘書官殺してまで大臣ぶっ殺すぐらいだからな」
「先輩、なんか最近多いっすよねそんな事件。この前は自衛隊の幹部が絞殺されてますし....」
そこで「あ!」と芹沢が声を上げた。
「なんだよ?」
「いっそ自衛隊だったりしませんかね!体格良くて銃の扱いやスタンガンの一撃で人間を倒せる方法知っていて、おまけに俊敏な動きであっという間に逃走!」
「バカかお前、もう少しマ、ジ、メに考えろよ」
「真面目ですよ俺は。ないですかね〜」
「仮にお前の言う通りだとしても、証拠もねぇのに引っ張れないだろう。これで下手に警視庁と自衛隊で揉める原因作ったら部長にどやされるぞ。俺はごめんだね、まだ出世したいし」
「先輩、本気で出世したいならなんでまだ巡査部長なんですか」
「うるせー、そんな事いいから早く車出せ、本部戻って報告だ」
それでも、川原の頭の中には芹沢の無責任発言である「自衛隊」という言葉がずっと引っかかっていた。
13:00 海上自衛隊横須賀基地吉倉地区Y-2桟橋
任務中に浴びる風と停泊中の風はなぜこれほどまで違うのか。第1護衛隊群第1護衛隊所属、護衛艦『いかづち』の艦橋右舷側ウィングで1人黄昏ている彼女は思った。
ソマリアの海賊対処任務で大湊第15護衛隊所属の『せとぎり』と共に任務をこなし、途中フィリピン近海でフィリピン海軍フリゲート艦『ラモン・アルカラス』と、懐かしき(といっても、当時は任官どころか産まれてさえいないが)元海自護衛艦『はつひ』改めフリゲート艦『ラジャ・フマボン』と親善演習をし、『せとぎり』とは東京湾近海で別れた後そのまま横須賀に帰投。一週間ほど休養し、今度は沖ノ鳥近海に出向く予定だった。
だが、浦賀水道あたりで遺体を収容してからすべては狂った。当初は単に遭難者であると考えていた。
いや、確かにおかしな点はあった。首には明らかにロープのようなもので締められた跡があったし、なにより死に顔が凄惨だった。まるで、苦しみ絶望しながら息絶えたような。それでも、海保に引き渡して、あとはソマリアという遠い異国の地から引きずってきた疲れを癒したかった。
だが、まさかその遺体が...。
「艦長、お疲れ様です。いえ、本当にお疲れになったでしょう。寒くはありませんか?」
そう柔らかな声に思わず『いかづち』艦長・椎名林檎二佐は振り返った。
後ろには、副長...というより「おやっさん」との表現が正しい無精髭のある眼鏡の男がいた。紺色の作業服の上に私服の革ジャンを着込んポケットに手を入れて立つ姿は現場作業員を思わせる。
「あぁ副長、コートを着込んでるから寒くはないわよ。しかし堪えます、警務の事情聴取なんて普段受けないから」
椎名は普段から「ミス・感情が読めない艦長」と部下たちがささやいている表情そのままに答えた。
「まぁそうですよね。しかし、変な物を拾ってきてしまったなぁ...あ、いや死者に対して無礼か」
と艦長とは対照的に副長は表情豊かに変えつつも、最後は己の失言に気づいてか、顎の髭を触りつつ考え込んでしまった。
その遺体が“陸将補”で、おまけに殺人だとなれば色々と群がる人間たちがいる。その代表が警務隊だ。
「自衛隊における警察」として彼らは帰港後翌日には事情聴取のため乗艦してきた。幹部以下の『いかづち』乗組員165名全員の休暇は取り消され、艦に缶詰となるか官舎にて自宅待機が命じられ順に警務隊による聴取を受けた。遺体の状態、遺品、回収時の状況、何か気づいた点はなかったか、陸将補だと気づく点はなかったのかなどしつこく聴取される。
特に艦長である椎名には「遺体発見時の状況」などを幾度も聴取され、彼女は顔にこそ出さないが辟易していた。
「ただ回収しただけなのにこれじゃ犯罪者扱いね。もちろん警務隊は、別に犯罪者扱いしている気持ちはないのだろうけど、やっぱりこうも聴取が連続するとね」と艦橋から見えるヴェルニー公園で遊ぶ親子付れを見つつ椎名がつぶやく。
「次は私の番ですよ、3度目の聴取ですが」と副長も嫌そうな顔をする。
「まぁ何度聞かれても状況は変わりませんが行ってきますよ」
「副長、貴方も年齢的には退官間近なのですから、無理しないでよ」
「えぇ、無理をしない程度に無理しておきます」
そう言って艦橋の中に戻る副長を見送りつつ、椎名は再び黄昏た。
風の中に少し雪が混じり始めた。




