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黒翼の番  作者: 市川 九
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6.提案

 アルノーに連れられ、少年と少女は配給所に来ていた。子どもには大変だろうというお言葉に押され、2人は座ってアルノーを待つ。自主的に動こうとしてもアルノーの方が速いため、どうしても甘える形になってしまうのだ。尽くすことはあっても尽くされることのなかった2人には、アルノーの好意は気まずく、むず痒いものだった。

 ちらっと周りに視線を向ければ、奴隷たちが食事をかき込んでいた。涙で食が進まない者もおり、ブランと同じ軍服を着た獣人が肩に手を添えていた。

「待たせたな!」

 振り返れば、爽やかな笑みを浮かべるアルノーがいた。両手のトレーからは湯気が立ちのぼり、子どもたちはゴクリと喉を鳴らした。

 アルノーはそれぞれの前にトレーを置くと、中央のスープを指さした。

「胃に負担がかからないよう、まずはスープからな」

 温かい湯気が肌を撫で、芳しい香りが鼻をくすぐる。薄く色づいた汁には、細かく刻まれた野菜が浮かんでいた。皿の下に両手を添え、記憶とは全く違うスープを飲む。温かさが喉を通る頃には、自然と涙がこぼれていた。

 アルノーは目を細めると、子どもたちの頭に手を置いた。サラサラになった髪を、慈しむように撫でつける。

「頑張ったな」

「……っ!」

 我慢していたものが、ガラガラと崩れていく。スープを記憶に残したいのに、目に水が張ってよく見えなかった。


 ◇◇◇


 スープをゆっくりと味わい、腹が満たされた頃。少女は俯き、突然カトラリーを置いた。トレーの上には、未だ手のつけられていないパンや果物が残っている。

「こんなに、よくしていただいて、ありがとう、ございます……」

「ん? ああ、いいよお礼なんて。これも仕事だし」

「……それで、」

 少女は俯いたまま、意を決したように支給された服を握りしめた。

「このあとは……、何をさせられるんですか?」

「……へ?」

 頬杖をついていたアルノーは、一気に現実に引き戻された。呆けるアルノーとは対称的に、少女の声は真剣味を増していく。

「綺麗にしたってことは、〝アイガンヨー〟ですか? ご主人さまはどんな人ですか? 今日のお返しをするには、どれくらい働けば、」

「……!」

「ちょ、ストップ! ストップ!」

 目に涙をいっぱいにためて話す少女。彼女の覚悟に、少年は恥ずかしくてたまらなくなった。

 少女の言うとおりだ。これだけのことをしてもらって、優しい言葉をかけてもらって、奴隷生活も終わりという方が間違いだった。世の中はギブアンドテイク。良くしてくれたのには何か理由があるはず。受け取ってしまった以上、奴隷にまた戻されても文句は言えない。

 最悪な想像に、どんどん顔色を悪くする子どもたち。

 アルノーは手を前に突き出して制すると、空いている方の手で顔を覆った。指のすき間からは、複雑そうな表情が見て取れた。

「どうしてそんな……いや、はっきり言わなかったら、そりゃ不安にもなるよな。すまない」

 アルノーは机に手をついて頭を下げたあと、真剣な面持ちで口を開いた。

「まず言っておく。君たちはもう、奴隷になる必要はない」

「……っ!」

「でも、」

「そもそも、ここノール地方では、奴隷制度を禁じているんだ」

 少女はえっ、と目を見開くが、少年は首を傾げた。

 少年の用途は観賞用。主な仕事はガラスケースで飾られたり、庭でペットと同じように鎖に繋がれていることだった。時折、何故飛べないのかと蹴られたり、寝室に呼ばれて身体を触られたりすることもあったが、需要は共通して「鳥」である自分。美術品やペットに人の言葉を喋られては不気味なのだ。

 必要最低限な言葉しか知らない少年には、「ノール」も「制度」も分からない。

 少年の様子に緊張が和らいだのか、アルノーは先程の優しい顔つきに戻っていた。魔法で簡単な地図を描き、少年でも分かるように言葉を選ぶ。

「今いる場所は世界でも北側にあるから、ノール地方と呼ばれている。ノール地方には人間だったり有翼人だったり、種族が多くてね。昔から差別……他の種族を嫌い、奴隷にすることが絶えなかったんだ」

 それを問題視した者たちは、奴隷制度をなくすための組織を作った。ブランやアルノーが所属する「ノール連合」である。

 最初は煙たがられていたノール連合だが、奴隷制度に苦しんできた亜人諸各国の後押しもあり、現在では連合に属するすべての国で、奴隷の売買や生産が禁じられている。

 しかし秘密裏に奴隷売買を続ける輩も一定数おり、少年や少女はその魔の手にかかってしまったというわけだ。

「君たちみたいな人を救出し、元の生活に戻れるよう手助けするのが俺らの仕事。だから奴隷に戻るのは条約違反! お礼も一切必要なし!」

 わかった? と尋ねるアルノーの表情に曇りは一切ない。嘘をついていないと分かるからこそ、子どもたちは困ってしまった。

 自分たちが被害者であることはわかった。奴隷に戻らなくていいのも夢のようだ。

 しかし長年の経験は消えてはくれない。世の中はギブアンドテイク。ただで貰えるものはない。お礼をしなければいけないという強迫観念が、子どもたちの頭を支配していた。

 そんな困惑に気付いたのだろうか。アルノーは苦笑すると、手を一回叩いて注意を向けた。

「どーーーーしてもお礼がしたいなら、いっぱい寝て、いっぱい食べて、元気になった姿を見せに来ること!」

「……それだけ?」

「それだけ! それだけで俺たちは、たっくさん力を貰えるから!」

 ニッと笑みを浮かべるアルノーにつられ、子どもたちの表情も和らいでいく。

 つまるところ、子どもたちに必要だったのは、お礼ではなく目標だったのだ。急に助けられて自由だと言われても、子どもたちには「自由」のこなし方がわからない。目標という正解があれば、子どもたちは安心して進むことができる。

 寝るのも食べるのも、奴隷の頃に比べれば容易いこと。それでお礼ができるなら、1日でも早く元気になろう。少年はカトラリーを持ち直すと、残っていた料理を口の中にかき込んだ。 

 

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