29.執事と付き人
外観からして予想できたことだが、内装も引けを取らない造りだった。
玄関ホール中央には色鮮やかな石がはめられ、円や花などの模様を描く。数ある窓からは光が射し込み、天井のシャンデリアが要らないほど。壁際に等間隔で並ぶ台座には、謎の石像や花瓶が存在感を放っていた。
ノワールはブランに手を引かれながら、汚さない、触らないと胸中でひたすら呟いていた。
玄関ホール中央に立つ黒服の大人たち。壮年の男はブランたちを視界に収めると、恭しく頭を下げた。後ろの者たちも後に続く。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま。——そちらの方が?」
「ああ」
ブランはノワールの背に手を添えると、隣に立つよう促した。震えながら背筋を伸ばせば、穏やかに微笑む男と目が合った。
「お初にお目にかかります。私、モネ家で執事を務めるシュヴァリエと申します。御用の際は何なりとお申し付け下さいませ」
「の、ノワール、です。よろしく、おねがい、します」
ノワールが頭を下げると、男——シュヴァリエはフフフ、と笑みをこぼした。
「はい、よろしくお願いいたします」
「!」
膝までついて、何と優しい人か。ノワールは目を見開くと、フッと身体の力を抜いた。余計な緊張が取れ、表情も微かに明るくなる。
シュヴァリエは立ち上がると、ブランに向けて笑みを浮かべた。
「坊ちゃまの仰ったとおり、可愛らしい方ですね。専属希望が殺到するやもしれません」
シュヴァリエの後方——従者や侍女候補の者たちは、ノワールを前にすでに顔を緩めていた。普段と比べると、どことなくそわそわしているようにも感じる。
ノワールは十五歳だが、年齢の割に身長が低い。奴隷時代に、ろくな物を与えられていなかったせいだろう。高身長のブランと並ぶと、その小ささはより際立つ。
加えて儚げな容姿と、辿々しいが一生懸命に喋ろうとする姿勢。庇護欲を掻き立てられることは間違いない。
予想通りの反応に、ブランはため息を吐いた。
「だろうな……だが、ノワールの希望を優先してくれ。——ノワール」
「!」
「君専属の使用人をつけようと思うのだが、何か希望はあるか?」
ブランの言葉に、使用人たちの背がピッと伸びる。なんて分かりやすい。
ノワールがせんぞく、と呟くと、君を支えることが主な仕事の人、とすかさず教えてくれた。なら考えるまでもない。ノワールはブランを見上げたまま、首を傾げた。
「ぼく、ささえ、いらないです」
「!」
「ひとり、できる、ます」
ノワールが自信満々の顔をしたのに対し、使用人たちは顔を暗くした。心なしか、背筋も丸くなったように感じる。なんて分かりやすいと呆れる一方、ブランはノワールのためと称して一肌脱いだ。
ブランは片膝をつくと、ノワールを真剣に見上げた。
「ノワール、君が一人でも問題ないことは重々承知している。だが君は退院したばかり。助けを借りるべき段階なんだ」
「でも……」
「イリスに言われたろう? テープや包帯の交換の際は、私やアメリーに頼めと。背中で痛みもあるのに、一人でできそうか?」
う、とノワールがたじろいだ。今が好機。ブランは内心で笑みを浮かべた。
「それに、これだけの使用人がいるにも関わらず、付き人一人つけていないと知られたら……」
薄目で確認すると、ノワールの肩がピクリと揺れた。続く言葉が想像できたのだろう。冷や汗をダラダラと流していた。
やはり罪悪感。罪悪感に訴えかければ、ノワールは大抵折れてくれる。
ブランは内心でガッツポーズをとると、少し暗そうな雰囲気をまとった。
「私たちは、なおさら嫌われて……」
「いるっ、いる、です」
「そうか。助かる」
途端にけろっとしたブランに、ノワールは目を瞬かせた。ずるい大人ですまないと、ブランは内心で謝罪した。
「性別、年齢、容姿、性格……挙げてしまえばきりがないが、何か思い浮かぶか?」
「……」
ノワールがチラッと視線を向けると、候補者たちは皆微笑んでいた。見られている。緊張がピークに達し、ノワールはサッと俯いた。
本当の希望は付き人を付けないことだが、それは却下された。では次の希望とどれだけ頭をひねっても、これといった希望は浮かんでこなかった。
当たり前だ。希望を次々に出せるのは、叶えられることに慣れた者だけ。奴隷だったノワールは、希望を持つことすらおこがましかった。それに慣れてしまった今、希望を出すのは至難の業といえる。
考えても考えても出てこない。しかし分からないと正直に答えていいものか。冷や汗の浮かぶ手を、じっと見つめていたときだった。
「ノワール」
肩に、温かい手が触れてくれたのは。
ノワールがハッと視線を上げると、ブランは眉尻を下げて微笑んでいた。
「難しい質問だったな。すまない」
「っ、」
「焦っても仕方がない。この件は保留にしよう」
「……ほりゅう?」
「後で決めるということだ。それまでは交代で務めさせよう。専属にしたい者が決まったら教えてくれ」
それで構わないか、とブランが尋ねると、シュヴァリエは問題ございません、と頭を下げた。
そのやりとりに、ノワールはホッと胸をなで下ろした。ごめんなさいと謝っても、悪いことはしていないだろうと首を傾げてくれる。そんな優しさに、ノワールの胸はまた温かくなった。
部屋を案内しようという言葉と共に、ブランにまた手を差し出される。
これはブランの優しさだ。先ほどとは違い、ノワールは自ら手を乗せた。きっともう間違わない。手を乗せたときのブランの顔を、ノワールはきっと一生忘れないだろうから。
軽い足取りで、ブランの案内についていく。部屋はどれも手の込んだ造りで、ノワールは早速今後の暮らしに思いを馳せた。
本当に暮らしていけるかな、そんな気が遠くなる思いと共に。




