2.ブラン・モネ
「ブラン!」
客——ブランが檻を壊したからだろう。警報音がけたたましく鳴り響く中、ブランと同じ白翼を持つ男が駆けてきた。子どもに繋がれた鎖を破壊する背に、男は咎めるような視線を向けた。
「1人で突っ走んなよ! 何かあったらどうすんだ!」
「何かあったことでも?」
「無いけど!」
ブランを必死で探していたのだろう。前屈みで息を整える男の顔には、大量の汗が流れていた。
子どもがそっとその姿を見つめていると、タイミング悪く男が顔を上げた。
『こっちを見るんじゃないよ!』
『私たちまで呪われてしまう』
子どもの黒い瞳は呪いの象徴。視線が合うと、必ずと言っていいほど折檻を受けた。
過去の経験から慌てて目を逸らす子どもに、男は首を傾げた。
「……俺の顔、そんなに怖い?」
「不細工で見ていられないのだろう」
「俺のどこが不細工だ、この悪人顔!」
「他人の容姿を批判するのは減給対象だ。上に報告させてもらう」
「おっ……、おまえが先に言ったんだろうが!」
「私は推測を述べただけだ。批判の意図はない」
「……クッ、」
頭を抱え、大声で地面を転げ回る男をよそに、ブランは子どもをローブで包んだ。ローブの上から子どもを抱え、檻の外へと一歩踏み出す。
「他の者たちは?」
「指示通り動いてますー!」
「そうか、……諸君!」
ブランは子どもを抱え直すと、地下に響くほどの大声を張り上げた。他の檻に入れられていた奴隷たちがビクッと肩を震わせた。
「私たちは北方の守護を務めるノール連合軍! 今順に君たちの救出を行なっている! 仲間が周ってくるまでしばし辛抱願いたい!」
ブランの言葉に、奴隷たちは表情を取り戻した。少し明るくなった空気に水を差すまいと、男はブランに耳打ちした。
「あの燃えてるのどうする?」
指を指した先には、未だ気絶している商人の姿。相当強く首を絞められたのだろう。火が贅肉まで燃え広がっても起きる気配がない。
「あの肉の量だ。もう少し火を通しておけ」
「そんな料理みたいに」
「私はウェルダン派だが……アルノー、焼き加減はオマエに任せる」
そう言ってスタスタと歩き始めたブランの背に、男——アルノーは口角を上げて呟いた。
「そんな料理みたいに……」
◇◇◇
すれ違う軍人に指示を出すこと数回。ブランの迷いのない足は、奴隷市場の外へと出ようとしていた。ローブにくるまれていても感じる光の気配に、子どもはギュッと目をつぶった。
靴音は水気のある土から、軽やかな石の音へ。
肌をなでる風は暖かく、草木の匂いを連れてくる。
瞼を透かす光には、飛ぶことを知らない翼に居場所を与えてくれるような力があった。
「——目を開けなさい」
ブランの声に促され、子どもはそっと黒い眼を覗かせた。
「……!」
遮るもののない青。ずっと欲しくてやまなかったもの。
鎖に繋がれていた頃とはひと味もふた味も違う鮮明さが、そこにはあった。
ブランはほうける子どもに口元を緩めると、同じように天を仰いだ。ローブのように優しい声で、子どもに語りかける。
「君を阻むものはもう何もない。何処を飛ぼうと、君の自由だ」
自由。
子どもは胸の内で反芻する度、翼に風が宿る心地がした。
同時に生まれた微かな違和感。あるはずのない鎖が、未だに子どもの足を引っ張っていた。




