18.家族
『坊ちゃまの家族になっていただきたいのです』
アメリーの口から出た言葉に、ノワールはしばし固まった。
家族とは、顔が似ていなくてもなれるらしい。引き取られるならば、同じ家にも住めるかもしれない。しかし。
「ぼく、どれい、もつ、ないです」
ノワール本人がつい最近まで奴隷だったのだ。所持金もないので、家族の条件である『奴隷の所有』はクリアできない。
首を傾げるノワールに、アメリーは肩の力が抜けたようだった。
「奴隷がいなくとも、家族にはなれます。そもそも、ここノール地方で奴隷の所有は犯罪です」
ノワールの家族判定の基準を聞くべきか聞かないべきか。闇が深そうな気配に、アメリーは静かに冷や汗を流した。軌道修正のため、一度咳払いする。
「ノワールさま。一般的に家族とは、同じ血筋を持ち、同じ家に住み、協力して生活する関係のことを指します」
「ちすじ」
「親子、兄弟などでしょうか。同じ血筋でなくとも、夫婦、養子——好きな者同士で家を共にする場合もあります」
「……」
「ノワールさまは、坊ちゃまのこと、お好きですか?」
首を何度も縦に振るノワール。アメリーは私もです、と優しく微笑んだ。
「好きな人には幸せになってもらいたい……ですが坊ちゃまは、ご自分から幸せを拒んでおられます。悪意ある噂の否定もなさらず、親しい方もお作りにならず……幼少期からお仕えしている私共すら、近づけまいと必死になられて……」
俯き、表情を曇らせるアメリー。重ねた手を握る姿は、痛みに耐えているようにも見えた。
ですが、とアメリーは顔を上げた。ノワールを視界に入れ、安心したように笑みを浮かべる。
「ノワールさまには違いました。引き取りを希望され、毎日面会に通われ、少しの体調の変化にも一喜一憂された……」
医学書を大量購入された際は、お医者さまにでもなるおつもりかとヒヤヒヤいたしましたが……、とアメリーは遠い目をした。確かに初めて目覚めた際、ブランは何か読んでいたような、とノワールは記憶を手繰り寄せた。
「ようやく坊ちゃまも人並みの幸せを手にして下さる……、そう私共が安心したのも束の間。ノワールさまを使用人の籍に、と仰るものですから……」
このような事態に、とアメリーは謝罪した。要はブランの説明不足による、ノワールの誤解だったのだ。
頭を下げないでくれと頼んでいるのに、めげない人だ。ノワールが音を上げるほうが早いかもしれない。
疲れを自覚し始めたノワールに、アメリーは膝をつく。
「ノワールさま」
「!」
「先程も申し上げましたとおり、当家を悪く仰る方はそれなりにおられます。ご不快な思いもさせてしまうかもしれません」
ですが、とアメリーは力強い目を向けた。
「私共が全力で、ノワールさまをお守りいたします」
「!」
「ですからどうか、坊ちゃまの家族になっていただけないでしょうか」
お願いいたします、と頼むアメリーの顔は、真剣そのものだった。
ノワールは元奴隷。有事の際は守る側だったし、それが当然の世界で生きてきた。事実、おまえの命に大した価値はないと言われたことも、主人を庇って亡くなった同僚を見たこともある。
そんなちっぽけな存在を認識し、守るとまで言ってくれる人がいる。
ノワールはこみ上げてくるものを感じ、すんと鼻をすすった。
聞いてあげたい。ブランが関わるのなら尚の事。
しかしこれだけは無視できない。ノワールは恐る恐る口を開いた。
「……ぼく、ブランさま、かぞく、なる、たいです」
「! でしたらっ、」
「で、でも! ……ブランさま、ぼくと、かぞく、なるたい、わかる、ないです……」
ブランは自分のような元奴隷と家族になりたいだろうか。金も力もない、翼も片方しかない自分と。ノワールがブランの立場なら、まず家族にはなりたくない。不釣り合いすぎて、笑われる想像しかできないからだ。
俯いて骨の目立つ手を見つめるノワールに、アメリーは眉尻を下げて微笑んだ。ノワールの手に自身の手を重ね、顔を上げさせる。
「きっとなりたいはずですよ。……ですよね?」
坊ちゃま、とアメリーは扉の方へ顔を向けた。静寂の後、カラカラと控えめに扉が開く。気まずそうに病室に入ってきた人物に、ノワールは目を見開いた。
「……ブランさま」
ブランは視線を彷徨わせた後、観念したように頭を掻いた。ベットへと歩みを進め、アメリーに視線を向ける。
「……いつから気づいていた?」
「坊ちゃまの家族になっていただきたいとお話しした辺りですね」
「最初からか……アメリー、今からでも軍に転職したらどうだ。すぐに昇進できるぞ」
「お断りいたします。私は坊ちゃまの尻拭いで手一杯ですので」
ブランはひとつため息をつくと、ベット脇の椅子に腰かけた。泣き腫らしたノワールの顔を見て、ぐっと眉毛を寄せる。
「……すまない、ノワール」
「!」
「また君を傷つけてしまった」
ブランの悲痛な顔に、ノワールは首を勢い良く横に振る。涙の跡を見られまいと、細い手で顔を拭った。
「ちがう、です。あるく、つかれた、だけ、です」
「……」
歩行の練習は、いつもブランが来てから行うものだ。第一ノワールは、疲れたくらいで泣いたりしない。
気を遣われている。
十以上も年が離れているのに、ノワールの方が大人でどうするのか。痛いほど自覚している上に、アメリーから責めるような視線をひしひしと感じる。
結局、あの頃から成長できていない。ブランは重たい口を開いた。
「……アメリー」
「はい」
「何か不備があれば適宜訂正してくれ。幼少のことで記憶が曖昧だ」
「……かしこまりました」
アメリーは目を見開くと、軽く頭を下げた。ノワールのいるベットから数歩離れた所で姿勢を正す。
「ノワール」
「!」
「……本当はもっと早く話すべきだった」
申し訳ない、とブランは閉目して頭を下げた。何が何やら困惑するノワールに、ブランは悲しげに微笑んだ。
「私は君を引き取りたい。だが、今からする話を聞いて、嫌だと思ったら断ってくれて構わない」
他の引き取り手を全力で探そう。そう話した後、ブランはスッと息を吸った。覚悟のこもった瞳に、ノワールの顔が映っていた。
「——私の母は、罪人なんだ」
「……ざいにん?」
「悪いことをした人。内容は……君を最も不快にさせる話だと思う」
厳重にかけた鍵を解き、埃まみれの蓋を手にするような、そんな行為。蓋の先には、忘れたくとも忘れられない、深い闇が広がっていた。
「人身売買罪……私の母は、奴隷商人だったんだ」




