16.白翼の婦人と噂の真相
突然現れた有翼人の婦人。ノワールがかつて屋敷で働いていたときに見たような、黒のワンピースと白いエプロンを身に着けていた。漂う上品さに対し、両手に下げたいっぱいの鞄が、どこか庶民的に感じさせる。
看護婦に話しかけるということは、誰かの見舞いに来たのだろうか。出鼻を挫かれたノワールだが、婦人も悪口に加わるなら容赦はしない。ノワールは病室から半分顔を出し、看護婦たちと婦人を睨みつけた。
何故かたじろいでいる看護婦たちに、婦人は笑みを浮かべながら一歩近づく。
「え、っと……」
「どうされました? 我が主が屋敷に怪しい男を招いていた。人が入るくらいの大荷物を運んでいた。お金に困っている等と、仰っていたでしょう?」
もう記憶にございませんか? と微笑む婦人は、背後に悪魔を連れているようだった。婦人が口を開く度、周囲の温度が下がっていく。
「困りましたね……主が道を外れるのなら、元の道を指し示すのが使用人。先程のお話を伺えないとなると、対処のしようがないのですが……まあ、」
「……ッ」
「お話が真実なら、ですけれど」
真実なら、をやけに強調した婦人は、すべて知っているようだった。すべて知った上で、看護婦たちを追い詰めようとしている。
青白い顔でジリジリと後退する看護婦たち。後退する度、笑顔の婦人が一歩、また一歩と近づいてくる。
婦人は人差し指を立てると、ちなみに、と口を開いた。
「使用人の私が知る限り、怪しい男たちは馴染みの商人ですね。大荷物は彼らから買いつけた家具。住む方が増えるのですから当然でしょう?」
あとお金についてですが、と婦人は看護婦たちに向けて手のひらを向けた。
「皆様の方がご存知では?」
「え、」
「今お持ちの医療用魔導具」
看護婦たちはエプロンに入れている魔道具を見下ろした。新調されたばかりの最新式で、汚れひとつ見当たらない。
「我が主が寄付された物ですよ」
「!」
「何でもベルニエ先生に借りを作りたくないからと、最新式魔道具を大量に注文されたんです。金庫が空になる勢いで、どんなに肝が冷えたことか」
てっきりご存知かと、と婦人は頬に手を添えた。
看護婦たちは声にならない声を発するばかりで、反論する気配がない。どころか身を寄せ合って、カタカタと震えていた。
そんな看護婦たちを見下ろし、婦人は冷たくため息をつく。
「まさかとは思いますが、噂を鵜呑みにし、誇張し、あまつさえ罪人として告発なさろうとしていたのなら……」
婦人からスッと笑みが消え失せる。看護婦たちを見下ろす碧眼は、刃物のように鋭かった。
「裁判にかけ、社会的に抹殺させていただきますが、よろしいですか?」
「しっ……!」
失礼しましたぁ! と言い残し、看護婦たちは足早に逃げていった。ノワールは心の中でべーッと舌を出す。
婦人は看護婦たちの姿が見えなくなると、チッと大きく舌打ちをした。上品な見た目に反し、やんちゃな性格をしているらしい。
婦人は床に置いていた荷物を持ち上げると、ノワールのいる病室へと歩を進めた。顔を上げた際、病室から顔を覗かせたノワールと視線がかち合った。
見つめ合うこと、一秒、二秒。三秒目で、婦人は鞄を床に落とした。碧眼をこれでもかとかっ開き、手をブルブルと震わせた。
「ノワールさま!!!???」
病院の隅々まで届きそうな叫び声。あまりの圧に、ノワールはしばらく動悸が収まらなかった。




