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黒翼の番  作者: 市川 九
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13/41

13.緊急手術

 きゃーッ、と甲高い悲鳴が響く。声のした方向へ視線を向けて、ブランは栗色の目を見開いた。

 ノワールが倒れていたからだ。

「ッ、ノワール!」

 ブランは脇目も振らずに駆け寄り、ノワールの横に膝をつく。

「ノワール! ノワール!」

 いくら揺すっても、荒い呼吸を繰り返すばかりで返事がない。掴んだノワールの肩は、棒切れのように頼りなかった。

 心臓の辺りを握りしめているから胸が痛いのか。歯をガチガチと打ち付けているから寒いのか。どうにかしてやりたいのに、どう動けばいいのか分からない。こうして迷っている間にも、ノワールは苦しんでいるというのに。

 ブランがギリっと唇を噛んだとき、頬に鋭い衝撃が走った。顔が熱く、舌には鉄の味が広がっていく。クリアになった視界に、真剣な眼差しを向けるイリスが映る。手には血がつき、小刻みに震えていた。

「しっかりしなさい!」

「!」

「医療部隊招集! そのあと馬車の現在地確認! 急ぐように伝えて!」

 イリスの指示を受け、スッと息ができたような心地がした。ブランはノワールに視線を落としたあと、再度イリスへと視線を戻す。

「……頼む」

「上から目線やめろ。急いで!」

 イリスの声に背中を押され、ブランは本部へと走り出す。前だけを向く瞳に、もう迷いは見られなかった。


 ◇◇◇


 ブランはイリスの指示通り動いた。幸いにも馬車はすでに到着しており、手術に必要な最低限の器具も乗せられていた。ノワールを馬車へと移動させ、現在医療部隊総動員で手術に当たっている。

 ブランは仕事を終え、フッと息をついた。緊張が解け、椅子に手をかける。が、座ろうとは思えず、通信用魔道具へと手を伸ばした。ノワールやイリスたち医療部隊が頑張っている中、自分だけ休むのは許せなかったからだ。

 ブランに医療の知識はない。素直に指示を仰ごうと魔力を込めたそのとき、ブランの背後で物音がした。振り返れば、謎の魔道具を片手に入り口に立つ知己の姿があった。

 知己——アルノーは入り口の仕切りを下ろし、ニッと笑みを浮かべる。

「ブランくーん」

「……」

「血、恵んで♡」

 ああ、とブランは納得する。数多く居る軍人の中、ブランを名指しで、それもこのタイミングで要求してくるということは。

「あの子も私と同じ……混血だったか」

 独り言にも近いブランの問いに、アルノーは表情を崩さなかった。

 ただ一言、『守秘義務なんで言えません♡』、と。


 ◇◇◇


 ブランの血液型は『W』である。これは有翼人と人間のハーフにのみ現れる血液型で、多種族国家の連合国においても珍しい血液型だ。当然、軍が保有する血液の予備も少なく、ブランは定期的に献血を求められる。

 自身の腕に針がプツッと刺し込まれる。赤色が管を移動するのを横目に、テキパキと手を動かすアルノーへと視線を向ける。

「オマエ、こんなことまでできたのか」

「こんなことって?」

「採血」

 ああ、とアルノーは笑みを浮かべた。

「こう見えて医者の家系だからな。番は凄腕の先生だし」

「そうだったな。実子ではなく、何故か嫁が医者になっていると、一時期笑い話になったものな」

「頭が足りなかったんだよ! 言わせんなよ! 練習通りいかなくても知らねぇぞ!」

「待て。まだ練習が必要なのか」

「本番はオマエが初めて」

「今すぐプロを呼べ。私で実験するな」

「皆手術にかかりっきりですー。どっかの誰かさんが患者を連れ回したせいでね!」

「……」

「……」

 騒がしかった本部が静寂に満ちる。魔道具の稼働音だけが、ゴウンゴウンと響いていた。

 ブランは責任を感じているのか、黙りこくったまま。そんな親友を前に、アルノーはため息をついた。

「ま、俺はそこまで責める気にはなれないけどね。オマエが動いてなかったら、あの子は決断できなかった。今の手術だってできていない」

「……」

 渾身のフォローにもなびかない。アルノーは口角をヒクヒクと震わせたあと、机に頬杖をついた。

「急にどうしたんだよ」

 俯いていたブランの瞳がわずかに上がる。これはチャンスかもしれない。アルノーは上がりそうになる口角を叱責し、真剣な面持ちで尋ねた。

「いつもは裏方ばっかで、自分から関わりに行こうとしないじゃん。そんなオマエが、あの子にだけは進んで手を貸してる。何かあんのかって考えたくもなるだろ」

「……」

「もしかして一目惚れ?」

「違う」

 食い気味な否定。少し期待していたアルノーは肩を落とした。

「……罪を償おうと思っただけだ」

 その言葉に、アルノーはムッと口を曲げる。無意識の内に、眉間には皺が寄っていた。

「オマエの罪じゃない」

「親の罪は子の罪だ」

「違う」

「違うものか。少なくとも被害者にとってはな」

「……」

「……」

 再度の沈黙。破ったのはアルノーのため息だった。

「……オマエ、あの子を引き取るつもりだろ」

「!」

 助けた奴隷たちは、治療の後、故郷や養護施設へ送り届ける手筈になっている。しかしそれは、体調面に大きな問題がなかった場合。問題が見つかったノワールは、軍の医療施設で療養を続けることになる。

 その後養護施設へ、といきたいところだが、ノワールの場合は大手術。退院後の通院、リハビリなどを考えると、養護施設では手に負えない。引き取ってもらえても、里親になりたい者が現れる可能性は低い。病気の子は、養育費に加えて医療費もかかるからだ。

 ノワールを引き取るなら、裕福で、看病できる人間がおり、かつ奴隷救済に理解のある者が望ましい。ブランならそれらすべてに合致している。彼以上の引き取り手は中々いないだろう。

 ただブランは、ノワールだから引き取りたいというわけではない。そこをアルノーは問題視しているのだ。

「罪滅ぼしのために引き取りたいってんならやめとけ。ノワールに失礼だ」

「……」

「仮に引き取ったとして、引き取った理由を知られたら? あの子は不必要に傷つくことになる。そんなヤツの所には送れないね」

 アルノーがやや雑に腕の針を抜く。ブランの腕に、小さな血の玉が浮き上がった。

「……私が引き取るに値しないことは理解している。ただ……」

 上空でのノワールを思い出す。夜色の瞳をキラキラと輝かせ、頬を赤く染めていた。また一緒に飛んでほしいと、涙まで流していた。

「そのままの君で良いと、教えてやりたい……」

 ポツリとこぼされた本音に、アルノーの手が止まる。ブランが沈黙に顔を上げたそのときだった。

 アルノーが吹き出したのは。

「ッ、ハハハハ!」

「イッ……!」

 針を刺した箇所に、アルノーが思い切りテープを貼る。ほぼ叩かれたようなもので、ブランは思わずうめき声を上げた。

「オマエ……」

「最初からそう言えっつーの! あー、心配して損した」

「ハァ?」

「審査のときは今の言えよ? まぁ、あの子引き取れるのはウチかオマエくらいだけど!」

 笑いの止まらないアルノーを前に、ブランの顔には血管が浮かんでいく。火力は最高。沸点に到達するそのときだった。

『ブラン・モネ! アルノー・ベルニエ! 採血にどんだけ時間かけてんの! 血ぃ持ってさっさと手術手伝いなさい!』

 ピアス型の通信魔導具から、イリスの怒号が響き渡る。超至近距離からの音圧に、ブランとアルノーの耳はねじ切れる寸前だった。

 ようやく耳が使い物になった頃、ブランとアルノーは立ち上がった。

「魔導具から叫ぶなとあれ程……」

「オマエそれ絶対言うなよ。あとで愚痴聞かされるの俺だからな」

 よろめきながらも、魔導具片手に馬車へと走り出す。到着したら再度お叱りを受けるのだが、『ブランの恋愛相談を受けていて遅くなった』と、雑な説明で切り抜けるのだった。

 


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