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黒翼の番  作者: 市川 九
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12/40

12.優しさか償いか

 しばらく空中散歩を楽しんでいた二人だったが、ノワールがくしゃみをしたため中断となった。今は負荷を少しでも抑えるため、ゆっくりと降下している。

 降下中にも、寒くないか、痛くないかとしきりに確認してくるブラン。その思いやりがくすぐったいと同時に、ふとした疑問が頭をよぎる。

 言うべきか、言わないべきか。表情には出していないはずなのに、ブランはどうしたと問いかけてきた。頭を覗く魔法でも持っているのだろうか。

「ブランさま」

「ん?」

「どして、こんな、やさしい、ですか?」

 アルノーは、奴隷への支援が仕事だと教えてくれた。食事や服の提供も、ノワールが知る限りすべての奴隷が享受していた。

 しかしブランはどうだろうか。自死を図るノワールの下へ足繁く通い、我儘まで叶えてくれた。皆一様に同じ対応をするならまだしも、他に空を飛んでいる奴隷はいない。ブランだけが、行き過ぎなほど尽くしてくれている。

 こんなに優しくて大丈夫か、いつか倒れてしまわないかと悪い方向に考えるノワールに、ブランはフッと笑みをこぼした。

「君にはそう見えるか」

 コクリと頷くノワールに、ブランはわずかに眉尻を下げた。

「私のは『優しさ』じゃない。『償い』だ」

「ツグナイ?」

「『反省しています』ということだ」

 強風が吹き、ブランの白髪が顔に影を作る。陽光を拒んだその顔は、どこか悲しげに映った。

『反省』とは、何か悪いことをしてしまったのだろうか。ノワールの知るブランは、とても立派な人なのに。

 何か言いたい。でも、何を言えばいいのか分からない。ノワールが首に回す手に力を込めたそのときだった。

「コラァーーーーーー!!!!!!!!」

 地上から怒号が聞こえたのは。

「なァに考えてんのよ、ブラン! その子は病人! 要安静! 空飛ぶなんて論外なのよ!」

「イリスさま……」

「面倒な奴に見つかった」

 舌打ちまでかますブランに、先程の暗さは見当たらない。ノワールは胸に湧いていた何かを、奥底にしまっておくことにした。

 ブランはノワールを抱える手に力を込めると、難なく着地した。イリスが近づいてくるのも気にせず、バッサバッサと白翼を整える。

 対してイリスは白翼をこれでもかと広げ、全身全霊で威嚇していた。

「ブラン! アンタね、」

「立てるか?」

「は、はい」

「話を! 聞け!」

 わなわなと拳を震わせるイリスは、今にもブランに殴りかかりそうだ。そうはさせまいと、ノワールはイリスの前に立ちふさがった。

「まつ、ください、イリスさまっ……! たのむ、した、ぼくです」

「っ……、……え?」

 頼んだ? と呟くイリスは、毒気が抜かれたようだった。握りしめた拳が、中途半端な高さまで下ろされる。

 謝るなら今だ。ノワールは服を握りしめると、勢いよく頭を下げた。

「ごめ、なさい、イリスさま」

「!」

「ひどいこと、いう、ましたっ、ごめなさい……! あやまる、おそい、ごめなさいっ……。しんぱい、かけた、ごめなさい……」

 視界はどんどん潤んでいくが、泣きたいのは傷つけられたイリスの方だ。絶対に涙をこぼしてはならないと、ノワールは目に力を入れた。

「ひどいこと、たくさんした、けどっ……、しゅじゅつ、する、くれますかっ……?」

「……」

 待てども待てども、イリスからの返答はない。ドッドッとやけにうるさく響く心臓が、時間を永遠に感じさせた。

 謝ったからチャラになるとは思っていない。嫌な記憶はいつまでも付いてくる。それを植え付けたノワールは重罪だ。

 だからこそ、ノワールはイリスに頼みたいのだ。

 責任をイリスに押し付けるためではない。どんな結果になろうとも、受け入れるために。

 地面だけだった視界に、白い靴が入り込む。ノワールがゴクリと唾を飲み込むと、肩に温もりが添えられた。

「いいの? 翼を失うことになるのよ」

 顔を上げれば、イリスの真剣な瞳と目が合った。

 もう迷うことはない。ノワールは力強く頷いた。

「いい、です」

「そう……」

 イリスはしゃんと立つと、自身の胸をドンと叩いた。陽光が不敵な笑みをキラキラと輝かせる。

「任せといて! こう見えて切るのは得意だから!」

「人体実験が趣味だからな」

 ブランの余計な一言に、イリスが再度拳を振りかぶる。仲がいいのか悪いのか。苦笑するノワールに、イリスは再度向き直った。

「そういえば、『ごめんなさい』って何のこと? 謝られるようなことあったかしら?」

「え、」

「分かったろう。イリスに繊細さを求めるだけ無駄だ」

「ア゙?」

 ブランは余計な一言を挟まなければ気が済まないのだろうか。それでも逃げる気はないらしく、大人しくイリスに締め上げられていた。

 イリスはブランの胸ぐらをつかみながら、ノワールに笑顔を向ける。

「決断してくれてありがとう。疲れたでしょうし、あなたは迎えが来るまで休んでいて」

「でも……」

「ああ、コイツのことは気にしなくていいのよ! ちょーっと話があるだけだから!」

 ねぇ? と尋ねるイリスの顔には、確かに血管が浮かんでいた。ブランも早く行けと手を振ってくるので、ノワールは素直に部屋に戻ることにした。敵前逃亡ともいえる。

 それにしてもと、ノワールは胸の辺りを掴んだ。

 空中散歩とイリスへの謝罪があったとはいえ、未だに心臓の音が響いている。心なしか息もし辛い。地べたに転がされるようなことは、もう起きていないはずなのに。

 背後で行われる喧嘩よりも、自身の呼吸が主張したとき。ノワールの視界はぐらりと揺れた。

「え」

「ッ、ノワール!」

 地面に打ち付けられる感覚とともに、周囲が突然騒がしくなる。呼吸音と悲鳴が入り混じる中、ブランの声がやけに鮮明に響いていた。

 

 

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