神々の庭園へ (2)(Side:ジェスミン)
奥へ進めば進むほど、宗教色は濃くなり、建物の装飾もより豪華になっていく。
どれも前回訪れたときには目にしなかったものばかりだった。
豊穣の女神と、その伴侶である闇の神。
それは、この部族の壁画や彫刻で最も多く描かれる題材だった。
芸術作品の中で、豊穣の女神は黒髪と褐色の肌を持ち、白いロングドレスをまとって紫水晶花の咲き乱れる草原を歩く姿もあれば、動きやすいズボン姿で船上に立ち、戦士や船乗りたちを率いる姿もある。
一方、闇の神は常に彼女の傍らに描かれていた。
伴侶である女神と同じように、その姿も一定ではない。
桃色の髪にヴェールをまとった美女であることもあれば、荒れ狂う海で豪快に笑う男であることもある。
そして時には、全身を歪んだ触腕に覆われた、巨大で膨れ上がった怪物として描かれることもあった。
―美しい。
けれど同時に、どこか歪んでいる。
それが、ジェスミンの率直な感想だった。
アンナは目を輝かせながら壁画を指さし、その一つひとつに伝わる神話を語ってくれた。
その多くは、ジェスミンにとって初めて耳にする物語だった。
「伝承では、『神降ろし』のとき、闇の神様は最初、この姿で現れたそうなの。あまりにも恐ろしくて、目撃した人たちは吐きながら気絶しちゃったんだって。」
アンナは壁画に描かれた巨大な怪物を指差した。
「でも、その頃まだ人間だった女神様と出会ってから、女神様のために人に近い姿へ変わったの。」
「まるで恋物語ですね。」
ジェスミンが感想を漏らす。
「そうよ。」
アンナは何気ない口調で頷いた。
「二人の愛はとても深かったから、一度は死によって引き裂かれても、最後にはちゃんと再会できたの。」
そして彼女は優しく微笑んだ。
「だからね、ジェスミン。そんなに心配しなくていいのよ。愛する人への願いや復讐を女性に叶えさせること――それこそが、豊穣の女神様がいちばん得意とする祝福なんだから。」
ジェスミンは思わず立ち止まった。
アンナの瞳には理解と知恵が宿っていた。
きっと彼女は、ジェスミンの胸の内など、とっくに見抜いていたのだろう。
アンナはくすりと笑う。
その笑顔だけで、張りつめていた空気がふっと和らいだ。
「ジェスミンは賢くて綺麗だから、うちのお兄ちゃんに会ってみない? 部族でも指折りの狩人なんだよ。」
「そう言っていただけるのは光栄ですが、お気持ちだけで十分です。」
「じゃあ……実は私もまだ独身なんだけど。二番目でも気にしないよ?」
アンナはいたずらっぽくウインクした。
ジェスミンは慌てて首を振る。
「お誘いいただけて本当に光栄です。でも、リタール王国には、すでに心に決めた方がいるんです。」
「あーあ、残念。」
これ以上その話題が続かないよう、ジェスミンは慌てて別の話を切り出した。
「以前、私と一緒にここへ来たあの子たちは……今、どうしていますか?」
「もう、みんな旅立ったよ。」
「えっ……?」
「ほとんどの人は長くはもたないの。一か月もすれば旅立ってしまうことが多いわ。半年以上も耐えられたセリーナは、本当に珍しいくらい。」
「……つまり、私が『婚儀』を行わなかったとしても、セリーナの結末は変わらないんですね。」
「ええ。」
アンナは静かに頷いた。
ジェスミンはそれ以上何も言わなかった。
真っすぐだった背筋は少しだけ力を失い、先ほどまでアンナとの会話で浮かべていた笑顔も、いつしか沈んでいた。
そんな変化に気づいたアンナは、それ以降の道中、新しく仕込んだリンゴ酒のことや、家の前で寝転ぶ太った猫、満開の紫水晶花など、できるだけ明るい話題を選んで話し続けてくれた。
そして二人は、ようやくセリーナのいる場所――巨大な庭園へと辿り着く。
先ほどまでの花壇とは比べものにならないほど、その庭園は幻想的だった。
外の世界では極めて希少とされる紫水晶花が、ここでは惜しげもなく咲き誇り、入口のアーチを夢のような薄紫色に染め上げ、空さえ覆い隠している。
さまざまな植物が入り混じって植えられており、気候も気温も土壌さえも、その成長にはもはや意味を持たないかのようだった。
庭園の奥には、大きな池が広がっていた。
池の中央には、豊穣の女神夫妻の像が立っている。
女神は白いロングドレスをまとい、花冠を戴いている。
一方、闇の神は幾重もの豪奢な布を身体に巻きつけていた。
まるで近くにあったカーテンを適当に引きはがし、裸を隠しただけのようにも見える。
その姿を見て、ジェスミンはリタール王国国境で見た仲夏祭の男女の装いを思い出した。
池には巨大な睡蓮が静かに浮かび、紫色の花弁には黄金の斑紋が美しく輝いていた。
「セリーナ!」
ジェスミンは池のほとりへ向かって駆け出した。
池のそばの椅子には、一人の少女が腰掛け、優しい笑みを浮かべながら彼女を待っていた。




