終焉への案内人
「……えっと、あなた、誰?」
セリーナは、目の前に現れた青年を怪訝そうに見つめた。
一方、ジャスミーヌは彼の顔を見れば見るほど、どこかで見たことがあるような気がしてならなかった。
黒に近い濃い茶色の髪。
翡翠のような緑の瞳。
そして、ひと目見れば記憶に残るほど整った顔立ち。
ふいに、ディマン王国の国境で目にした、あの野営地の光景が脳裏によみがえった。
―あの剣だ。
あまりにも異様な姿をしていて、一度は「まさか、本当に死体なのでは」と疑った、あの剣。
そこに形作られていた人の姿は、目の前の青年とほとんど同じ顔をしていた。
そして、ジェイドと日輪の勇者が交わしていた会話も思い出す。
十六年前、本来なら魔物の王と戦い、命を落とすはずだったのは日輪の勇者だった。
けれど実際に死んだのは――レインという名の男だったのだと、ジェイドは言っていた。
「もしかして……レイン様、ですか?」
ジャスミーヌが礼儀正しく探るように尋ねると、青年は意外そうに目を瞬いた。
「僕を知ってるの?」
「先ほどジェイド王子を追跡していたとき、一本の剣を見たんです。その剣に、あなたによく似た人の姿があって……周りの兵士たちも『レイン様』と呼んでいました」
ジャスミーヌはそう説明してから、さらに続けた。
「ディマン王国の歴史についても、以前学んだことがあります。十六年前、『雷の勇者』と呼ばれた若い兵士が、自らの命と引き換えに魔物の王を封印した、と」
隣でセリーナが息を呑んだ。
つい先ほど、自分が雷に打たれて死ぬのではないかと思っていたときよりも、明らかに緊張している。
「もしかして……私、もうすぐ死ぬから幽霊が見えるようになったの?」
「違うよ」
レインは笑って答えた。
「じゃあ、さっきジャスミーヌが、あなたの像がついてる剣を見たせいで呪われて……それで、ここまでついてきたとか?」
セリーナはいっそう不安そうな顔になり、反射的にジャスミーヌを庇うように前へ出た。
「どうせ私はもう死ぬんだから、呪うなら私にして! ジャスミーヌには何もしないで!」
それでもレインは、穏やかな笑みを浮かべたままだった。
「あの剣だけど……あれ、僕の像じゃないんだよ」
「そうなの? よかったぁ」
「僕の死体なんだ」
セリーナの表情が固まった。
「やっぱり呪いじゃない!」
「大丈夫。死体とはいっても、今の僕にとっては、この世に残してきた抜け殻みたいなものだから。たぶん誰かを呪ったりはしないと思うよ」
―野営地にあった、どう見てもただ事ではなさそうなあの剣。
やっぱり、本当に死体だったんだ……。
目の前ですっかりレインに振り回されているセリーナを見て、ジャスミーヌは思わずため息をついた。
「ねえ、セリーナ……この人、さっき蘭花平原のほうから、雷になってここまで来たよね? たぶん、女神様と何か関係があるんじゃないかな」
「本当に?」
「少なくとも、私たちを呪いに来たわけではないと思うけど」
セリーナはジャスミーヌのそばにぴたりと寄り添い、まだ警戒を解かないままレインを見つめた。
「あなた、女神様に遣わされて来たの?」
「そうだよ」
レインは頷いた。
先ほどまでどこか冗談めいていた笑みが、その顔から消える。
表情だけでなく、佇まいまでもが静かに引き締まった。
その変化に気づいたジャスミーヌとセリーナも、自然と口を閉ざす。
金色の雷光が三人の周囲をゆっくりと漂い、ときおり互いに触れ合って、微かな火花を散らした。
「セリーナさん」
レインは彼女に向かって、左手を差し出した。
「女神様の命を受けて、君を終焉の地へ送り届けるために来たんだ」
「どうしてですか?」
気づいたときには、ジャスミーヌはそう問いかけていた。
レインとセリーナが、同時に彼女を見る。
「いえ、その……」
ジャスミーヌは無意識にショールの端を握りしめながら、素早く考えを整理した。
「疑っているわけではありません。ただ、レイン様はディマン王国の英雄で、しかも『勇者』と呼ばれた方なんですよね?」
そう言いながら、彼女はセリーナへ差し出されたレインの手に目を落とした。
生前の傷なのだろうか。
レインの左手は、小指の一部が欠けていた。
「でしたら、どうして今はあなたが女神様の命を受けて、セリーナを迎えに来るのでしょうか?」
それを聞いたセリーナが、はっとしたようにジャスミーヌを見る。
「……あ、本当だ」
レインは少し困ったように笑った。
「その疑問はもっともだね。ソラが君を弟子にしたがっている理由が、ちょっと分かった気がするよ」
「ソラさんが?」
「うん。たぶん、僕の両親以外には誰も知らないことなんだけど……」
レインは顔を上げた。
遥か上空に霞む女神の姿へ、一度だけ視線を向ける。
「僕はね、ソラが使徒になってから――最初に彼の信徒になった人間なんだ」
セリーナは小さく首を傾げた。
なぜだろう。
ふと、ソラの指にはめられていた、あの骨の指輪を思い出した。
けれど、それが目の前のレインと何の関係があるのかまでは分からない。
セリーナはほんの少し考えたあと、その小さな疑問を頭の隅へと追いやった。




