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八十年咲く花

いくらか手間はかかったものの、ジャスミーヌはようやく、ジェイドに施そうと考えていたことをすべて終えた。


自画自賛するつもりはない。

けれど、もし《脳の魔女》がいつか自分のしたことを知れば、この精緻な改変術をきっと褒めてくれるだろうと、ジャスミーヌには確信があった。



さて、元婚約者だった第三王子はというと―


ジャスミーヌは少し考えた末、彼のためにわざわざ別の仕掛けを用意する必要はないと判断した。


指先を動かし、ジェイドを示す黒い糸と、第三王子を示す灰色の糸を近づけていく。

二本の糸は互いに絡み合い、最後には二度とほどけない結び目となった。


ジャスミーヌは満足そうに手を離した。


あれほど《ジェンナ姫》のそばにいたがっていたのだから。


これからも、ずっと一緒にいればいい。



ジャスミーヌの隣では、セリーナが引き続き自分の役目を果たしていた。


彼女は一心に、一本、また一本と、桃色の糸を断ち切っていく。

ジャスミーヌとは違い、セリーナはそれぞれの糸に、発症する時期をずらすための結び目など作らなかった。


ただ、少しでも早く。

一本でも多く。


《羊の花》となった者たちが、一刻も早く安らぎを得られるように。


それだけを願って、桃色の糸を断ち続けていた。

やがてセリーナは一本の糸を摘み上げ、そっと手の中に包み込む。

糸の向こう側から、かすかな声が伝わってきた。


「う……うわぁ……」


「ママ……」


「うぅ……」


セリーナの手が止まった。


今まで聞いてきた声とは、あまりにも違っていた。


幼すぎる。


あまりにも幼い声だった。


セリーナは、その糸の先に何があるのかを見ることさえできなかった。


「大丈夫。もうすぐ、痛くなくなるからね」


そう囁いて。



彼女は、その糸をそっと断ち切った。

セリーナがその一本を断った、まさに同じ瞬間。


遥か遠く、リタール王国の王宮では―

後世、数え切れないほどの歴史書に繰り返し記されることになる事件が、何の前触れもなく起ころうとしていた。


もちろん、この時のセリーナは何も知らない。

ジャスミーヌも知らなかった。


二人は、その桃色の糸の先がどこへ繋がっていたのかすら、知る由もなかった。



リタール王国の謁見の間では、華唐国から訪れた使節が、滔々と話し続けていた。


玉座に腰掛けるエリカは、非の打ちどころのない微笑を保っている。


今日の彼女は上品な濃紺のドレスを身にまとい、黒に近い濃褐色の長い髪をきちんと結い上げていた。

その色合いが、翡翠のような緑の瞳をいっそう際立たせている。


右側には王太子ティム。

左側には宰相ニコラスと、内務官でもあるヘクトール伯爵夫人ヒルダが控えていた。


「先ほどから申し上げております通り、我が国の皇帝陛下には、まだ婚姻を結ばれていない三人の皇女殿下がおられます。いずれも容姿端麗、淑やかで、貴国の王太子殿下には申し分のないお相手かと」


エリカは慎重に答えた。


「先日、皇帝陛下へ正式にお返事申し上げた書簡にも記した通りです。貴国からのお申し出をいただく以前に、我が国の王太子にはすでに婚約者がおります」


「そうですか?」


使節の声には、わずかな侮りが混じっていた。


「ですが、まだ正式な発表もなされていないのでしょう? それなら婚約を解消することも可能ではありませんか。我が皇族にも、未婚の皇弟殿下が三名、皇子殿下が五名いらっしゃいます。そのご令嬢にも、相応しいお相手をご用意できましょう」


「そういえば、つい先日、貴国の三人の皇女殿下がディマン王国の王子方と婚姻のお話を進めていると伺いました」


エリカは微笑んだまま言った。


「ディマン王国と華唐国は、長年にわたり親しい関係を築いてこられたのでしょう。そこへ今さらリタールが割って入るなど、あまりにも礼を欠くことではありませんか?」


使節の表情が、ほんのわずかに変わった。

彼は後ろに控える従者たちを振り返り、片手で合図を送る。


「まあ、その話はいったん置いておきましょう。それよりまず、王妃殿下のために我が国が特別に用意した贈り物を、お披露目させていただきたい」


従者たちが奥から、大きな何かを運び込んできた。

それは華やかな赤い布ですっぽりと覆われている。


「これは我が国最高峰の研究機関が長い年月を費やし、ようやく完成させた非常に貴重な植物でございます。その花の美しさは、王妃殿下にも比肩するほどかと」



ティムが目を細めた。

その視線は赤い布と植物の表層を透かし、そのさらに奥―


本来、一鉢の植物の中に存在するはずのない輪郭を捉えていた。


だが表情はほとんど変わらない。

ただ静かに手を下ろし、使節からは見えず、母親からだけ見える位置で素早くいくつかの合図を送った。


エリカは息子の動きに気づいた。

驚きを押し隠しながら、椅子の肘掛けを指先で軽く叩く。

その小さな合図に合わせて、謁見の間を囲んでいたリタールの兵士たちが音もなく動き、いくつかの要所を塞ぐように配置を変えた。



使節は贈り物を覆っていた赤布を勢いよく取り払った。


現れたのは、華麗な陶製の鉢に植えられた巨大な植物だった。

枝には黒と深緑のリボンが丁寧に結ばれ、陶器の鉢には緑色の宝石まで嵌め込まれている。

だが何より目を引いたのは、中央に咲く巨大な青い花だった。


何重にも重なる花弁。

自然のものとは思えないほど精巧で美しい姿に、周囲のリタール貴族たちから感嘆の声が上がった。



「こちらは、我が研究院が生み出した中でも最も完成度の高い一株でございます」


使節は満足げに披露した。


「我が研究院が調合する特別な栄養剤を与え続ければ、ほとんど手をかける必要もございません。何事もなければ、この先八十年、九十年は美しく咲き続けるでしょう」



その瞬間だった。


異変が起きた。


最初の花弁が、一枚。

床へ落ちた。


続いて、二枚目。


鮮やかだった青が急速に褪せていく。

花弁は端から黒ずみ、乾き、縮れ始めた。

先ほどまであれほど美しかった花弁が、一枚、また一枚と醜く萎れ、白い大理石の床へ落ちていく。



使節の笑顔が凍りついた。


「……どういうことだ?」


誰も答えなかった。


やがて花托の下にある太い茎まで萎み始めた。

中央に細い亀裂が走る。


その裂け目は徐々に大きくなり―

耳を塞ぎたくなるような、生々しい引き裂かれる音を響かせた。


そして。

裂けた茎の中から、小さな人影が床へ転がり落ちた。



ティムが真っ先に立ち上がる。

周囲の近衛たちへ合図を送り、玉座にいるエリカを守るよう陣形を変えさせた。


「……どうして、花の中に子どもが?」


そこにいたのは。


どう見ても三歳にも満たない、小さな女の子だった。





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