本物のジェンナ姫
ジェイドは泣いていた。
銀色の長い髪は乱れて肩に散らばり、妖しい紫色の瞳は泣き腫らしてわずかに赤くなっている。涙で顔は濡れていたが、その美貌が損なわれることはなく、むしろいっそう痛々しく、哀れに見えた。
今のジェイドはまるで、悲劇に見舞われ、月明かりの花畑でひとり涙を流す妖精を描いた絵画のようだった。
もしここにいるのがマリーだったなら、とっくに心を動かされていただろう。
駆け寄ってジェイドを抱きしめ、涙を拭い、何度でも彼の苦しみを聞いてやったはずだ。
そしてジェイドが泣きながら「僕だって、どうしようもなかったんだ」と言えば、きっと彼を許してもいい理由を探し始める。
最後には、自分がそもそも何のために復讐しようとしていたのかさえ、すっかり忘れてしまうかもしれない。
残念ながら、今ジェイドを見ているのはジャスミーヌだった。
ジャスミーヌは、この程度で揺らいだりはしない。
幼い頃から、母方の祖父はジャスミーヌと兄に、昔の出来事を繰り返し語って聞かせていた。
「私の姉はな、泣いて助けを求める者たちに同情したせいで、最後には殺されたんだ」
「姉の妻は仇を討った。だが、もうこの国にはいられなくなった。結局、遠くへ逃げて、それきり誰とも連絡を取らなくなった」
「もし姉があの時、あそこへ行かなければ、死ぬこともなかった。妻だって、この国を去る必要はなかった」
老人はそこで、いつも長い沈黙を置いた。
「……そうだったなら、この国には今でも聖女がいたのかもしれない」
そして最後には、決まって同じ言葉で話を締めくくった。
「だから覚えておきなさい、ジャスミーヌ、チャーリー」
「過ちを犯した者が泣いているからといって、それだけで許す価値があると思ってはいけない」
「泣いている者の中には、ようやく自分が代償を払う番になったから泣いているだけの者もいる」
ジャスミーヌは泣き続けるジェイドを見つめた。
祖父からあの話を何度聞かされたのか、もう覚えていない。
けれど少なくとも、一つだけは確実に身についていた。
ジェイドがどれほど泣こうと、それだけで彼を許したりはしない。
それにそもそも、ジャスミーヌはジェイドのような男が好みではなかった。
彼女が好きなのは、ずっとエイデンのような人だ。
ジャスミーヌはしばらく待った。
やがてジェイドは、泣き疲れたまま眠りに落ちた。
ジャスミーヌの手から伸びる紫色の糸は蛇のように這い、王子の寝台を取り囲んでいく。
それらは主人の意思に従っていた。
目もなければ、表情もない。
それなのに、こちらを向いた無数の糸の先端は、まるで憎悪を込めてジェイドを観察しているかのようだった。
ジャスミーヌは指を動かし、手を加えるのに最適な場所を探していった。
今日のために、ジャスミーヌは長い時間をかけて準備してきた。
翡翠魔法学院で医療科目を履修し、人体解剖学や内分泌学を学び、さらには頭が痛くなるほど難解な発生学の講義まで、どうにか食らいついて聴講した。
最後には、学院でも近寄りがたいことで有名な老教授――《脳の魔女》を訪ねることにも成功した。
本来なら《脳の聖女》と呼ばれるはずだったらしい。
だが本人が、その称号を拒否したのだという。
「聖女? 他人が勝手につけたそんな呼び名、私は要らないわ」
そうして彼女は、自ら《魔女》と名乗ることを選んだ。
そのことを思い出すと、ジャスミーヌは少しだけ申し訳ない気分になった。
《脳の魔女》は、ジャスミーヌがそこまで熱心に学ぶのは、ついに医師を目指す決心をしたからだと思い込んでいた。
危うく、リタール王国で名高いナオミ・フリーマン医師への推薦状まで書いてもらうところだった。
……ごめんなさい、先生。
私がこれを勉強していた理由は、たぶん先生が想像していたものとは、かなり違います。
紫色の糸は獲物を締め殺す蛇のように、ジェイドの下腹部へと絡みついていった。
授業でジャスミーヌは、胎児が母体の中でどのように形作られていくのかを学んだ。
そして生命のごく初期には、まだ分化していない身体が、いくつもの異なる可能性を持っていることも知っていた。
通常なら、一方の道へ進み始めれば、もう一方の可能性は次第に失われていく。
けれど今、ジャスミーヌをその掌に載せているのは女神だ。
それならば――
一度失われた可能性を、もう一度《編み直す》ことだってできるのではないだろうか。
ジャスミーヌは、ジェイドが《ジェンナ姫》を装って学院にいた頃、口にしていた言葉を今でも覚えていた。
「女性の生理休暇? そんなの、お手洗いに行くのと大して変わらないでしょう? それくらいで休むなんて、恥ずかしくないの?」
その言葉のあと、学院の女子学生たちは、生理でどれほど体調を崩しても、休暇を取る者が目に見えて減った。
「女性の就労権? 家で家事をして子どもの面倒を見るのが、女の仕事じゃないの?」
その時、周囲にいた男子学生たちは声を上げて笑った。
《ジェンナ姫》も、一緒になって笑っていた。
またある時、誰かが女性の王位継承権について話題にした。
「王女は夫や兄弟、それか父親を支えて国を治めればいいでしょう。いちばん上の地位は、やっぱり男に任せるのが一番よ」
《ジェンナ姫》も、その周囲にいた第三王子やエルンストたちも、楽しそうに笑っていた。
「治安が悪いから、その辺りを歩くのが怖い? 肌を見せるような服や目立つ格好をしなければ、誰にも狙われたりしないわよ」
あの時のジェンナ姫は、笑いながらそう言った。
ジャスミーヌは、ずっと覚えていた。
――でも、あの頃のあなたは、本当の《ジェンナ姫》ではなかったでしょう?
ジャスミーヌはゆっくりと手を持ち上げた。
五本の指の間から伸びる紫色の糸は、ジェイドの下腹部へさらに幾重にも巻きつき、少しずつ締めつけていく。
なら、今度こそ本当に彼女になればいい。
あなたが口にしていた――
「女の務めをわきまえた」ジェンナ姫に。
遥か高みで、ジャスミーヌを載せた巨大な両手が、愉快そうにほんの一瞬だけ閉じられた。
女神は、それを認めた。




