紫の糸が辿り着く先
ジャスミーヌは、まずジェイド王子から片づけることにした。
彼のために、とてもいい方法を思いついたのだ。
ただ、それが本当に実行可能なのかどうかは分からない。
……女神様は、こんなことを許してくださるだろうか?
ジャスミーヌがそう考えた瞬間、自分を掌の上に載せているあの巨大な手が、ほんのわずかに震えたような気がした。
そして遥か頭上、高い空の彼方から―笑い声にも似た振動が伝わってくる。
―面白い。
―そのままやってみなさい。
女神が、そう告げたように感じた。
「はい! 全力でやります!」
ジャスミーヌは嬉しそうに答えた。
その瞬間、彼女の手の中に無数の紫色の糸が現れ、それぞれ五本の指に絡みついた。
ジャスミーヌが指を動かすと、紫の糸はジェイド王子を示す黒い糸に沿い、一斉に彼のもとへと走り出した。
そして紫の細糸が黒い糸を伝っていく間、ジャスミーヌには、その糸が通り過ぎる景色までもが見えていた。
紫の糸は海を越えた。
ディマン王国の国境を越え、
辺境の森を貫き、
とうに放棄された町を掠め、
最後には、荒野に築かれた軍の野営地へと飛び込んだ。
……ん?
そこでジャスミーヌは、ディマン王国の兵士たちが奇妙なものを取り囲み、まるで拝むようにしていることに気づいた。
それは、上部だけを残して上質な布で丁寧に包まれた一本の剣だった。
剣には、端整な顔立ちをした若い男の姿が刻まれている。
胸の肋骨は左右へ大きく開かれ、剥き出しになった臓器が下へと伸び、そのまま剣身と一体化していた。
あまりにも精巧で、彫刻には見えない。
むしろ、本物の何かを無理やり剣の形へ作り変えたようにしか思えなかった。
あの剣……。
なぜだろう。
見ているだけで、全身がひどく落ち着かない。
本当に、これは「彫刻」なのだろうか?
どう見ても、人間の死体そのものを剣に変えたようにしか見えない。
それとも最近のディマン王国では、こういう奇妙な芸術様式が流行っているのだろうか。
さらによく見ると、剣身を覆う布の下から、細かな灰色の粉が絶え間なく零れ落ちていた。
「レイン様が、俺たちが王都へ戻る前に灰になってくださればいいんだがな……」
周囲にいた兵士の一人が呟いた。
他の兵士たちも、次々と同意するように頷く。
―レイン。
それが剣の名前なのか。
それとも、この「遺体」が生前名乗っていた名前なのか。
ジャスミーヌには分からなかった。
ふと、《羊の花》のことが頭をよぎる。
人間を植物へ変えてしまう術が存在するのなら、人間を別のもの――たとえば武器へ変える技術が存在していても、おかしくはないのかもしれない。
ジャスミーヌは視線を逸らした。
このことは覚えておこう。
そう心に留め、再び紫の糸を操る。
ところが予想に反して、紫の糸はそのまま前方へ突き進もうとはしなかった。
動きがゆっくりになり、獲物を見つけた捕食者のように、空中でわずかに揺らめく。
そして次の瞬間。
糸は一斉に速度を上げ、軍営の中央に立つ、ひときわ巨大で豪華な天幕へ向かって飛び込んでいった。
どうしてジェイド王子は軍営にいるの?
王子なのだから、王宮にいるものじゃないの?
ジャスミーヌの頭の中は疑問でいっぱいになった。
だが次の瞬間、あることを思い出す。
別れる前、エイデンは彼女にこう話していた。
「ディマン王国から依頼を受けたんだ。辺境へ行って、魔物の王を討伐する。」
もしかして、ここが魔物の王討伐のための軍営なの?
エイデンは……無事なの?
急に不安が込み上げてきた。
ジャスミーヌは紫の糸を天幕のすぐそばまで近づけ、内部の会話を聞こうと意識を集中させた。
「だから、さっきからそう言ってるだろ!」
天幕の中から、ジェイド王子の声が聞こえてきた。
ジャスミーヌにはすぐ分かった。
やや高めで、木管楽器のように明るく華やかな声。
それなのに、どこか神経質で、人を落ち着かなくさせる響きがある。
「あの本は、マリーが夢の中で見たって言ったんだ! 僕は中身なんて知らない!」
「そうか?」
今度は別の声が返ってきた。
低く、冷たい声だった。
まだ鞘から抜かれていない刃のように静かで、ほとんど感情が感じられない。
それなのに、聞く者が思わず口をつぐんでしまうような圧があった。
「夢の中で、『日輪勇者最後の戦い』という本を読んだ?」
「そこには、俺が魔物の王との戦いで死ぬと書かれていた、と?」
日輪勇者―ヨウタ。
ジャスミーヌは思わず息を呑んだ。
まだ真珠王国第三王子の婚約者だった頃、彼女はディマン王家が開いた宴席で、この男を一度見たことがある。
あれが、ヨウタとの最初の出会いだった。
そしてその瞬間、彼女が身につけていた危険察知用の編み魔法具が、かつてないほど一斉に甲高い警告音を発した。
ディマン王家は、外国からの賓客に日輪勇者を見せるのを好んでいた。
勇者がこれまでどれほど国のために働いてきたかを得意げに語り、まるで完全に飼い馴らした猛獣を自慢するように。
どれほど強いか。
主人の命令に従って、どれだけ驚くような芸当をしてみせるか。
けれど、ジャスミーヌは一度もそうは思わなかった。
あの男が反抗しないのは、ただ今のところ反抗することに興味がないからだ。
そして、自分から成し遂げたいと思うものもないから。
もし、いつか日輪勇者の気が変わったなら―
これまでディマン王国の敵だけを焼いてきたあの紫色の炎は、今度はこの国そのものを焼き尽くすかもしれない。
ジャスミーヌは紫の糸を天幕の外で止め、そのまま耳を澄ませた。
中では、二人の言い争いが続いている。
「じゃあ、どうしてマリーはそんな夢を見る?」
日輪勇者が問い詰めた。
声は強く、拒絶を許さない。
「ぼ……僕は、知らない……」
ジェイドが答える。
その声は少しずつ弱々しくなっていた。
今にも、脆い防壁が崩れ落ちそうだった。
「ふん。」
ヨウタが冷たく笑う。
「いっそ、お前の父親に直接報告した方がいいかもしれないな。」
ジェイドは明らかに動揺した。
父―ソロモン王太子が、自分をどう見ているのか。
それを誰よりも理解しているのはジェイド自身だった。
母親によって意図的に「ジェンナ姫」として着飾られていた頃、王太子は、ほとんど追放されたも同然だったこの「娘」を憐れみ、随分と可愛がってくれた。
けれど母の助けを借り、「長年屈辱に耐えてきたジェイド王子」として堂々と継承争いへ加わろうとした時から、父の態度は変わった。
そこに残ったのは、疑念と警戒だけだった。
もし、マリーが貴重な前世の記憶を持っていたことが知られてしまったら……。
「……駄目だ!」
ジェイドは取り乱した声を上げた。




