雷の勇者が遺したもの
割り当てられた一棟建ての建物へ案内されて、ようやく四人は腰を落ち着けることができた。
中へ入るなり、ロイは魔道具を起動させる。
室内に仕掛けられていた盗聴魔法と記録魔法が、一つ残らず音を立てて壊れていった。
「私なら見つけると分かっているだろうに、それでも仕掛けてくるとは。侮辱されている気分だな。」
ロイは呆れたように肩をすくめた。
「逆じゃないですか? 何も仕掛けなかったら、それこそ『ロイ相手なら隠す必要もない』って思われてるみたいで、そっちのほうが失礼かもしれませんよ。」
エイデンが妙な方向から擁護する。
「……そういう考え方もあるのか。」
ロイは微妙な表情になった。
「それにしても。」
橘さんは首を横に振った。
「魔物の王討伐に対する、あの人たちの態度を見ていると、不安になるわ。」
その言葉に、ロイの表情も静かに曇る。
「十六年前のことだ。」
橘さんは遠い記憶を思い返し、小さく息をついた。
「私たちの教え子だった『雷の勇者 レイン』は、自分の命を懸けて魔物の王を封印した。それなのに、今ではもう、彼の名前を覚えている人なんてほとんどいない。」
「ご両親も気の毒だった。」
ロイが静かに続ける。
「ディマン王国はレインを『雷の勇者』として追贈はしたものの、遺族へ渡した補償は雀の涙ほどだった。」
「確か、空さんがご両親をリタール王国へ迎えたのよね?」
「ああ。」
橘さんが頷く。
「でも二人とも、エリカ様や空さんからそれ以上援助を受けることは望まなかったの。王都で、自分たちの力だけで生きていく道を選んだのよ。」
ロイは静かに目を伏せる。
「ディマン王国で――」
少し間を置いてから、淡々と告げた。
「『勇者』や『聖女』と呼ばれた者が、幸せな最期を迎えた例は、一度もない。」
その一言に、部屋は静まり返った。
三人は、それぞれ別の人物を思い浮かべていた。
橘さんの脳裏に浮かんだのは、ケイトだった。
『涙の聖女』として、真珠王国のために生涯を捧げ続けた少女。
誰よりも国のため、人々のために尽くした彼女が迎えた結末は、あまりにも残酷だった。
学院時代、ケイトと一緒にディマン王国の歴史を調べたことがある。
異世界から召喚された歴代の聖女たちは、まるで同じ筋書きをなぞるような人生を歩んでいた。
召喚され、王族と結婚し。
愛と呼ばれながら、実際には利用されるだけの軟禁生活を送り。
次代の王が即位すると、誰にも知られることなく姿を消していく。
――『聖女』という呼び名そのものを、変えるべきなのではないか。
橘さんは、そんな取り留めのないことを考え始めていた。
ノーマンは陽太のことを思っていた。
長い年月の中で、二人は何度も肩を並べて戦ってきた。
自分には多少打算もあった。
それでも、陽太は間違いなく友人だった。
これほど長く付き合ってきたからこそ分かる。
陽太は、自分の置かれた立場を何も知らないわけではない。
ただ -帰る場所が分からないだけなのだ。
自分は、いつだってヒルダの待つ家へ帰れる。
……今頃、ヒルダは何をしているんだろうな。
そんなことを考えているうちに、ノーマンの意識は少しずつ遠くへ漂っていった。
エイデンは左手首の編み込みのブレスレットを見つめながら、ジャスミンのことばかり考えていた。
彼女に、二人の仇の居場所を教えてあげられたら。
きっと、今後の準備もできるはずだ。
そうしたら、きっと喜んでくれるよな。
その時は、どんなご褒美をくれるんだろう。
……えへへ。
父と同じように、エイデンの思考もあっという間に現実から離れていく。
ロイだけは静かに窓の外を眺めていた。
その胸中を知る者は、誰一人いなかった。
―その時だった。
遠くから、悲鳴が響く。
「魔物の王だ!!」




