花が死を願う夜
ショールが落ちたことで、セリーナのうなじと腕が露わになった。
先ほどソラがようやく抑え込んだはずの枝と花が、再び勢いよく成長を始める。
彼女の背中の輪郭が変わった。
脊椎の一節一節が皮膚の下から異様に盛り上がり、骨と骨の隙間から小さな芽が顔を出す。それらは肩甲骨に沿って、外へ外へと伸びていった。
両腕が意思に反して左右へと広がっていく。
枝は筋肉と皮膚を突き抜け、やがて指先から姿を現した。
まるで、ようやく春を迎えた植物が新たな枝を伸ばすように。
セリーナの漆黒の長い髪にも、一輪、また一輪と紫色の小さな花が咲いていく。
花はみるみる数を増し、やがて黒髪さえ覆い尽くさんばかりになった。
遠目には、まるで彼女の頭上で咲き誇る紫色の花冠のようにも見えた。
けれど、今度のセリーナは痛みを感じていないようだった。
女神の掌に座ったまま、両目を閉じ、穏やかな表情を浮かべている。
女神はもう片方の手を伸ばすと、ジャスミーヌをそっと摘み上げ、セリーナの隣へと座らせた。
二人が並ぶと、ジャスミーヌはセリーナの手を取った。
重ねた掌の間を、二人の魔力が行き交う。
あるときは混ざり合い。
あるときは離れる。
そしてまた互いの腕を伝い、それぞれの身体へと戻っていく。
二人の魔力が重なり合った、その瞬間。
ジャスミーヌは、セリーナの心の声を聞いた。
泣き声。
助けを求める声。
あの部屋に閉じ込められていた少女たちが、最後に残した悲鳴。
そして―セリーナが夢の中で、何度となく呪った名前。
ジャスミーヌがあの建物へ辿り着いたとき、彼女は売買所を運営していた者たちを皆殺しにした。
けれど、あのときの彼女にはまだ、学校からセリーナを攫った者たちにまで報復する力はなかった。
エルンスト。
ジェイド。
マリー。
そして、まだいる。
もっと、もっと大勢。
あの頃、ジャスミーヌは王宮へ召し出され、セリーナの傍にいることができなかった。
マーラは自らの悲しみに溺れ、婚約を解消した元婚約者を取り戻すことだけを願って、毎日のように泣き暮らしていた。
誰も、彼女を守らなかった。
だから―彼らはセリーナに目をつけた。
けれど、その憎しみの奥に。
ジャスミーヌは、セリーナの心のさらに深いところにある、もう一つの願いを感じ取った。
―あの子たちの苦しみを、終わらせてあげたい。
その瞬間、ジャスミーヌは理解した。
セリーナには、叶えたいことが二つある。
今も苦しみ続けている者たちを解放すること。
そして、自分をこんな目に遭わせた者たちに、相応の代償を払わせること。
けれど、彼女にはもう、その両方を自らの手で成し遂げるだけの時間が残されていない。
だから―
セリーナは、祝福を与える。
そして、彼女が自ら果たすことのできない憎しみは。
ジャスミーヌが代わりに背負う。
ジャスミーヌがそう理解した瞬間、セリーナの左胸から一本の黒い糸が浮かび上がった。
続いて、二本目。
三本目。
やがて無数の黒い糸が心臓のあたりから伸び始め、女神の掌の縁を越え、遥か彼方の雲霧の中へと消えていった。
誰かに教えられるまでもなかった。
ジャスミーヌには、それらの糸がどこへ繋がっているのか分かった。
―セリーナが憎んでいる者たち。
その中に、ひときわ目を引く一本があった。
他のどの糸よりも太く、重く、そして黒い。
だが奇妙なことに、その黒い糸には、もう一本の糸が絡みついていた。
あまりにも細い糸だった。
色も薄い。
長い、長い歳月を経たかのように、その色彩はほとんど見分けられないほど褪せている。
指先でほんの少し触れただけで、砕け散ってしまいそうだった。
ジャスミーヌは眉をひそめた。
そして、その糸にはまだ触れないことにした。
最後に回せばいい。
その隣で、セリーナが目を開いた。
彼女は自分の胸元へと視線を落とす。
右胸から、無数の細い桃色の糸が伸びていた。
その多くは、ディマン王国と華唐国の方角へと続いている。
それらの糸が繋がっているのは、セリーナと同じ苦しみを味わっている者たち。
――〈羊の花〉を植えつけられた人々だった。
セリーナは、そのうちの一本にそっと触れた。
ディマン王国の港にある、とある倉庫。
手足を縛られた少女が、一人で震えていた。
背中から脊椎が異様に突き出し、その隙間から肉を突き破って、巨大な桃色のゼラニウムが咲いている。
大きな葉が少女の身体を覆い尽くし、植物に力を吸い取られた彼女は、床に横たわって浅い呼吸を繰り返すことしかできなかった。
セリーナは、その糸をそっと持ち上げた。
――ここまで、本当によく頑張ったね。
――もう大丈夫。すぐに痛くなくなるから。
何かを感じ取ったのだろうか。
少女はゆっくりと顔を上げた。
そして、何かを待つように空を見つめた。
セリーナは糸を断ち切った。
その瞬間。
少女の背中から伸びていた枝が、ぴたりと動きを止めた。
咲き誇っていたゼラニウムが力なく頭を垂れる。
鮮やかだった花弁は色を失い、乾き、見る間にかつての美しさを失っていった。
茎も葉も急速に水分を失って茶色く変色し、縮れ、やがて少女の背中から剥がれ落ちた。
少女は呆然と、足元へ落ちていく花を見つめていた。
そして、そのときになって初めて気づいたかのように――
痛くない。
少女は、ゆっくりと目を閉じた。
最後の吐息が唇からこぼれ落ちたとき、その口元には、ほんのわずかな微笑みさえ浮かんでいた。
セリーナは満足そうに、手元に残された無数の桃色の糸を見つめた。
時間が尽きる前に。
一人でも多くの〈羊の花〉の犠牲者を、終わりのない苦しみから解放しなければならない。
その頃、ジャスミーヌもまた手を伸ばしていた。
あの最も太い黒い糸には、まだ触れない。
代わりに彼女が掴んだのは――
その周囲に無数に伸びる、もっと細い黒い糸だった。




