黒き磯の婚儀
※ジャスミーヌとセリーナが歌っている曲は、『アウトウォーターズ 裂けた砂漠』の中で、登場人物たちが石を打ち鳴らしながら歌っていた楽曲です。楽曲の著作権は私には帰属しておりません。
ジャスミーヌとセリーナは、黒い岩礁の中央まで歩いていった。
海風がセリーナのヴェールを大きく揺らし、彼女は慌てて手で押さえる。
金糸とスパンコールで飾られた淡い桃色のヴェールは、夕陽を浴びて、まるで鮮血のような赤に染まっていた。
二人は互いを見つめたまま、何も言わなかった。
海風がヴェールを揺らし、ジャスミーヌの額にかかった髪も乱していく。
なぜなのか。
その瞬間、二人は同時に理解した。
―こうして互いの顔を見つめるのは、これが最後なのだ。
人々が二人を取り囲んでいた。
婚儀の主役である二人と同じように、部族の者たちも皆、正式な装いをしている。
白い長衣には美しい紋様が刺繍され、鮮やかな花と金色の装飾品が身につけられていた。
華やかな衣装とは対照的に、その表情はどこまでも真剣だった。
数秒後、人々は静かに左右へと分かれた。
その中央を、ソラがゆっくりと歩いてくる。
彼は二人の間に立った。
まるで婚礼で誓いを見届ける司祭のように。
そして同時に、亡き者を彼岸へ導く案内人のようにも見えた。
「二人とも、もう決めたんだね?」
ソラが尋ねる。
ジャスミーヌとセリーナは同時に頷いた。
「これから先、津波が来ても、干ばつが訪れても。喜びに満たされても、怒りに焼かれても。」
「開いた扉の向こうで待っているものが、美しい女であっても、虎であっても――」
「それでも、二人は互いのそばにあり続けることを誓う?」
「誓います。」
「誓います。」
ジャスミーヌとセリーナは同時に答えた。
その声に、迷いは一切なかった。
「では、婚儀は成立した。」
ソラが告げた。
セリーナは目を瞬いた。
少なくとも雷が落ちるとか、海から突然大波が押し寄せるとか、何か派手なことが起きるものだと思っていたのだ。
「えっ? これだけ……?」
言い終えるより先に――
世界が変わった。
風の音。
波の轟き。
遠くの森で鳴く小鳥の声さえも。
すべてが何倍にも増幅されたかのように、何の遮りもなく耳の奥へと流れ込んでくる。
続いて、色彩が変わった。
空は目が痛くなるほど青く。
夕陽は血のように赤い。
海面に揺らめく紫、金、深い藍は、現実とは思えないほど濃密だった。
まるで誰かが、絵の具をたっぷり含ませた筆で、何度も何度も世界を強く塗り重ねたかのようだった。
ただ一つ。
二人の足元にある岩礁だけは変わらない。
そこだけは依然として、何の混じり気もない漆黒だった。
セリーナは慌ててジャスミーヌを見る。
その瞳にも、自分と同じ戸惑いが浮かんでいた。
「それじゃあ、女神をどうやって呼ぶ?」
それでもソラの表情は、まったく変わらなかった。
「歌う? 踊る? それとも祈る?」
セリーナは苦笑した。
「踊るのは……無理ですね。」
今の彼女は、立っているだけでも精一杯だった。
祈りについては―。
ジャスミーヌは、そっとセリーナの手を握った。
二人とも、自国ではとうに失われてしまった祈祷の言葉で、本当に豊穣の女神を呼べるとは思えなかった。
セリーナはためらいながら口を開く。
「歌いたいんです。でも……」
二人は昨夜、一晩中話し合っていた。
それでも、結局どの歌を選ぶか決められなかった。
ジャスミーヌは、もともと歌うことが好きな方ではない。
セリーナは昔、歌うことが大好きだった。
けれど、あの混乱と苦痛に満ちた幾晩のことを、どうしても忘れられなかった。
《羊の花》がいくらで売れるかを楽しそうに計算しながら、あの者たちは歌を口ずさんでいた。
笑い声。
歌声。
そして、少女たちの泣き叫ぶ声。
すべてが入り混じっていた。
あの日から、セリーナは一度も歌っていなかった。
ジャスミーヌは、遠く水平線へ沈みつつある夕陽を見つめた。
血のように赤く染まった海面が、あの日の夕焼けによく似ている。
ふと、リタール王国の辺境で過ごしていた頃のことを思い出した。
仲夏祭の最後の踊り。
エイデンと一緒に踊っていた時に流れていた、あの歌。
ジャスミーヌは思わず微笑んだ。
「《古い夕陽》を歌いましょう。」
ソラの口元が、ほんのわずかに引きつった。
ジャスミーヌは身をかがめ、足元の岩礁から二つの小石を拾い上げた。
足元の巨岩と同じく、どちらも一切の雑色を含まない漆黒だった。
彼女は二つの石を、そっと打ち合わせる。
カッ。
カッ。
カッ。
そして、歌い始めた。
セリーナは口を開いた。
けれど、声は出なかった。
あの混乱した夜々の笑い声と歌声が、再び耳の奥によみがえったような気がした。
ジャスミーヌは一歩近づき、セリーナのすぐそばへ寄り添う。
親友の身体から伝わる温もりが、その暗い記憶をほんの一瞬だけ遠ざけた。
セリーナは何度か瞬きをした。
涙が、音もなく頬を伝って落ちていく。
数秒後。
久しく失われていた歌声が、ようやくセリーナの唇からこぼれた。
澄んだ、美しい声だった。
その身体がすでに命の終わりへ近づいていることを、一瞬忘れてしまいそうになるほどに。
やがて、周囲にいた果てなき部族の者たちも、一人、また一人と歌へ加わっていった。
そっと眠って、私の愛しい子。
そっと眠って、私の愛しい人。
私はきっと、さまよいながら、懐かしい故郷へ帰る。
あの青い空が、私を待っている。
静かに眠って、甘く愛しい子。
静かに眠って、私の愛しい子。
私はもう旅立った。
そして、私の夢はとうに売られてしまった。
私はもう、行かなければならない。
枯れた木々は、寒さの訪れを告げる。
私はもう、行かなければならない。
もし、遠い彼方にいる私を見つけても。
あなたとの記憶なしには、
あの古い夕陽の中へ歩いていくことはできない。
ああ、暗い道よ。
私はもうすぐ帰る。
この聖なる大地に、
静かに横たわるために。




