海が紅く染まる頃
索敵の役目を担う三人の巫女――カロリン、ジュリア、そしてアンナのほかにも、十数人の部族の者たちが、すでに周囲を取り囲んでいた。
その中には、アンナの弟やジュリアの夫など、ジャスミーヌが以前に会ったことのある顔もあれば、初めて見る者たちもいた。
誰もが静かに立ち、厳しい表情を浮かべている。
ジュリアは二人に、婚儀について説明した。
「婚儀で生まれる力は、その時々でまったく違うの。」
「願いの一部しか叶わないこともあれば、逆にあまりにも大きな力が生まれて、部族全員で抑え込まなければならないこともある。」
「だから、部族で最も魔法に長けた者と、一番強い戦士たちが、すぐ動けるよう待機しているのよ。」
「……なんだか、ますます緊張してきました。」
セリーナは不安そうにつぶやいた。
「大丈夫よ。」
ジュリアは優しく微笑む。
「もし私が失敗して……ジャスミーヌまで巻き込んでしまったら……?」
「儀式が始まれば、あなたたちは自然と何をすればいいか分かるわ。」
ジュリアは穏やかに言い切った。
「本当に?」
「もちろん。本当よ……私も、昔はそうだったもの。」
セリーナとジャスミーヌは驚いてジュリアを見つめた。
彼女が婚儀を経験したことなど、今まで一度も聞いたことがなかった。
「私の事情はあなたたちとは少し違うけれど、儀式が成功してからは、そのままこの部族で暮らすことになったの。」
「それに今回は使徒様もいてくださるんだから、きっと上手くいくわ。」
アンナもそばへ寄り、セリーナを励ました。
ジャスミーヌはアンナの視線を追う。
ソラはずっと人々の後方に立っていた。
誰の会話にも加わらず、ただ静かに、その時を待っている。
黒い礼装の上着とズボンに、内側は白いシャツ。
以前、二人きりで話した時と同じように、上着の左胸には鮮やかな赤い薔薇が刺繍されていた。
ソラは静かに頷くだけだった。
「その時になったら、自分たちの直感に従えばいい。」
全員が揃うと、一行は海岸へ向かって歩き始めた。
その先では、太陽がゆっくりと水平線の彼方へ沈んでいく。
時が流れるにつれ、海は赤、金、橙へと染まり――
やがて空も海も、まるで血を流したような深紅へと変わっていった。
自然の美しさだった景色は、いつしか言葉にできないほど不気味なものへと姿を変えていた。
セリーナはふいにつま先立ちになる。
そしてジャスミーヌの耳元へ顔を寄せ、小さな声で囁いた。
「願い事、決めたの。」
二人は人々に囲まれながら、手を繋いで歩いていた。
「本当に? その願いでいいの?」
ジャスミーヌは少し驚いたように尋ねる。
「うん……」
セリーナは少しだけためらい、それでも続けた。
「復讐したい。」
「でも、それだけじゃなくて……罪のない人たちも助けたいの。」
「分かった。」
「……本当に?」
「ええ。」
ジャスミーヌは迷いなく頷く。
「それが、本当にあなたの願いなら。」
その真剣な表情を見て、セリーナは思わず笑ってしまった。
こうして手を繋いで歩いていると、幼い頃に庭園で遊び、一緒に勉強していた日々を思い出す。
あの頃は、貴族としての責務を気にする必要もなかった。
誰とも婚約していなかった。
そして何より――
自分たちの未来は、自分たちで選べると信じている。
海岸の中央には、巨大な黒い岩礁が孤独にそびえ立っていた。
その広さは、今ここに集まった人数の倍が乗ってもなお余裕があるほどだった。
「あそこよ。」
ジュリアがその岩礁を指さす。
夕陽を受けた海は、黄金と深紅の光をきらきらと反射している。
その中で、岩礁だけは空と海に挟まれながらも、どこまでも純粋な黒を保っていた。
異質でありながら、不思議と人を惹きつける光景だった。
一行は石畳の道をたどり、その黒い岩礁へと歩いていく。
ジャスミーヌはセリーナの手を強く握り、ゆっくりと、確かな足取りで歩き続けた。
いつからともなく、隊列のどこかで澄んだ笛の音が響き始める。
その旋律は長く、穏やかだった。
ジャスミーヌには、それが花嫁を迎える祝いの調べなのか、それとも亡き者を送り出す葬送の旋律なのか、判別がつかなかった。
笛の音に合わせるように、三人の巫女が歌い始める。
歌は生命と死を。
女と海を。
魂と彼岸を謳っていた。
セリーナは黒い岩礁を見つめたまま、長い間、その視線を逸らさなかった。
やがてジャスミーヌはアンナに支えられながら、足元のおぼつかないセリーナをゆっくりと岩礁の上へ導いた。




