紫の花が揺れる夕暮れ
ソラも、セルリナの視線が自分の左手の小指にはめられた指輪に向けられていることに気づいたようだった。
けれど、何も言わなかった。
「王家の紋様?」
「はい。」
セルリナは真剣な表情で頷いた。
「うちの家は以前、リタール王国の王太后へ贈るための王冠や装飾品を制作したことがあります。だから間違いありません。今回届いた首飾りや耳飾りは、母が昔見せてくれた設計図と一致しています。」
ソラは考え込んだ。
エリカがジェイソン王と結婚し、数年をかけて実権を握ったあと、彼女は先王が残した数々の問題を処理しなければならなかった。
その中には、先王がカンティ公爵家と親しかった頃に贈った大量の品々も含まれていた。
王家の紋章が刻まれた宝飾品。
歴代の王が受け継いできた水晶の筆。
そして、あまりにも詳細に描かれた王宮の地図。
どれも、本来なら決して他家の手に渡っていてはならない品ばかりだった。
カンティ公爵家を反逆罪で処断した際、地図や筆、書物などは回収することができた。
だが、宝飾品だけは最後まで見つからなかった。
そのとき、思いもよらぬ人物が盤上へ割り込んできた。
現ヘクトール伯爵―ハンター。
伯爵夫人ヒルダが宮廷に留まり、エリカ王妃たちと共にカンティ公爵家の財産分配について協議している最中、彼はこっそり屋敷を抜け出し、ディマン王国行きの船へ乗り込んだのだ。
本人いわく、
「かわいそうなヴィクトリアへ、父親からの最後の贈り物を届けるため」
だったらしい。
あの愚かな男は、箱の中身を確認することさえしなかった。
その一件以来、ヒルダはハンターが自分の居住棟から勝手に出ることを二度と許さなくなった。
セルリナの話を聞いて、ソラは確信した。
ずっと見つからなかった王家の宝飾品は、カンティ公爵家に残されていたわけではない。
ハンター自身の手で、ディマン王国へ運ばれていたのだ。
最後まで欠けていた一片が、ようやく嵌まった。
「こ、これ……役に立ちますか?」
セルリナがおずおずと尋ねる。
「かなり助かる。」
ソラは素直に頷いた。
「よかった……。」
セルリナはほっと息をついた。
このところ、彼女はずっと考えていた。
自分に、みんなへ返せるものが何か残っているのだろうか、と。
果てなき部族の人々には、痛みを耐えながら可能な限り編み魔法の工芸品を作り、少しでも役に立とうとしていた。
ジャスミーヌについては、すでに両親と話をつけてある。
自分が持つ財産は、後見人となるジャスミーヌが受け取れるよう手配していた。
けれど、ソラには―。
自分が何を返せるのか、ずっと分からなかった。
だから今になって初めて、自分が幼い頃から身につけてきた宝飾品の知識が、ようやく役に立ったのだと思えた。
みんなが戻ってきた頃には、ソラとセルリナは楽しそうに宝飾品の加工について話し込んでいた。
ジャスミーヌは真っ先に駆け寄り、セルリナの全身を確認する。
アンナも不安そうにその後ろから覗き込んでいた。
一方、ジュリアとその夫は、セルリナの症状が落ち着いていることに驚いた様子もない。
まるで先ほど席を外したのも、ソラが一人で治療できるよう場を空けるためだったかのようだった。
「亡くなったペットの骨や遺灰を加工する依頼だけで、うちの領地の一年分の収入になるくらいなんですよ!」
セルリナは笑いながら言った。
話しているうちに、先ほど自分の胸をざわつかせたソラの乳白色の指輪のことなど、すっかり忘れていた。
「ただ、父は『品がない』って言って、そういう依頼ばかり受けるのは嫌がっていましたけど。」
「最近は、動物を家族みたいに大切にする人も増えているからね。」
「そうなんです。ごくたまにですけど、亡くなった家族の骨を持ち込んで、装飾品に加工してほしいっていう人もいました。」
「なるほど。そういう人もいるんだね。」
「はいはい、そこまで!」
ジュリアがぱん、と手を叩いた。
「もうすぐ日が暮れるわ。花嫁は婚儀の支度を始めなくちゃ。」
アンナたちが部屋へ入った時には、ジャスミーヌはすでに着替えを終えていた。
「早すぎない!?」
アンナは悲鳴を上げそうな勢いで声を張った。
本当なら、花嫁衣装を手伝いながら、女同士で結婚前の秘密話でも楽しむつもりだったのだ。
「貴族のお嬢様って、みんなに着替えを手伝わせながら、半日くらいおしゃべりするものじゃないの?」
ジャスミーヌは呆れたように彼女たちを見た。
「この二年、ほとんど一人で旅をしていたのよ。このくらい、自分でできるようになるわ。」
彼女が身につけていたのは、純白の短い上衣と長いスカートだった。
一見すると簡素な仕立てだが、よく見れば、生地全体に白い糸で精緻な紋様がびっしりと刺繍されている。
歩くたびに裾がふわりと翻り、その内側に縫い込まれた赤い刺繍糸が、ほんの一瞬だけ覗いた。
さらにその上から、かつてソラと初めて二人きりで話した時にも身につけていた、紫色の長いストールを羽織っている。
金と紫の糸で織り上げられた紫晶花の模様が、灯りを受けて美しく煌めいていた。
首元と手首には、華やかな首飾りと腕輪も添えられている。
アンナたち若い娘たちは、興味津々といった様子でジャスミーヌの周りを取り囲んだ。
「この刺繍、魔力が宿ってるよね? 編み魔法?」
「ええ。」
ジャスミーヌは頷いた。
「私たちの国には、昔からこんな伝説があるの。」
「エイデル女王は、娘を敵対勢力の魔法使いに殺されたあと、無数の魔法を織り込んだ礼装を身につけて、その魔法使いに会いに行ったそうよ。」
「それで?」
「その後、その魔法使いは姿を消したの。二度と誰にも見つからなかった。」
「えっ?」
「殺されたってこと?」
「ものすごく強力な呪いをかけられたって話もあるわ。千年経っても消えないような。」
「でも、人間って千年も生きられないよね?」
「少なくとも、永遠に自力では解けない呪いだった……とか?」
「はいはい! 怖い話はもう終わり!」
アンナは好奇心旺盛な娘たちの質問を遮り、手にしていた箱を高々と掲げた。
「ジャスミーヌ、金の飾りが少なすぎる!」
「結婚する花嫁が、そんなに地味じゃ駄目!」
「金も宝石も持ってきたから、全部つけて!」
「さっき摘んだ花で編んだ花冠もあるよ!」
「花束だって十個も作ったんだから! 好きなのを選んで!」
少女たちは楽しそうに笑いながら、色とりどりの花束や華やかな花冠、きらきらと輝く金の装飾品を次々と取り出し、ジャスミーヌを飾り立てていった。
紫色の花が、灯りの中で静かに揺れている。
少なくとも、陽が沈むまでは。
彼女たちはまだ、普通の少女たちのように笑っていられた。




