灰となった勇者、花を待つ者(Side:ソル / ジャスミーヌ)
その後、レインはほどなくして息を引き取った。
彼は木にもたれたまま、穏やかな表情で座っていた。
まるで、ただ眠っているだけのように。
ソルは、託されたことを一つずつ果たした。
レインの左手の小指を切り落とし、大切に持参した袋へ納める。
続いて、魔物の王がまだ生きていることを確認する。
そして最後に、王家から託されていた魔法具―小さな剣を取り出し、それをレインの胸へと突き立てた。
すべてを終えると、ソルは森を後にした。
一度も振り返ることはなかった。
いつからだったのか。
木々の梢を、再び陽の光が射し始めていた。
あれほど冷え切っていた森にも、少しずつ温もりと明るさが戻っていく。
まるで、そこにあった何かが、ようやく消え去ったかのようだった。
森を抜けると、外の光景はすっかり様変わりしていた。
訓練された兵士たちが森の出口を完全に包囲している。
彼らの鎧にはディマン王国王立研究所の紋章が刻まれ、その姿は研究所直属親衛隊であることを示していた。
その最前列には、研究所の幹部と思しき三人が立っている。
純白のローブを頭から足元までまとっており、その素顔はまったく見えなかった。
「処理は終わりましたか?」
ソルは力なく頷くことしかできなかった。
そのとき、兵士たちの後方に、人ほどの大きさのものが何列にも並べられ、白い布で覆われていることに気づく。
風が一枚の布をわずかにめくり上げた。
そこから、小さな手がのぞく。
その手は、うさぎのぬいぐるみを握っていた。
森へ入る前、そのぬいぐるみを持っていた少女をソルは見ている。
生き残った人々の中で、大人たちに守られながら、傷ひとつ負っていなかった幼い少女だった。
研究所の幹部は、ソルの視線に気づいた。
「……ああ、あれですか。途中で発見した遺体ですよ。おそらく毒液の作用が遅れて現れたのでしょう。」
ソルは、その言葉を信じなかった。
積み重ねられた遺体の数は、先ほど助け出された生存者たちの人数と一致していた。
その中には、少女だけではない。
ソルを知る人々もいた。
領主夫人。
領民を誰よりも大切にしていた、あの優しい老婦人。
辺境警備隊の兵士たち。
幼い頃から顔見知りだった人たち。
そして、町一番のパン屋の主人。
焼きたての、一番柔らかくて美味しいパンを、いつも子どもたちへ分けてくれた人だった。
ソルは何も言わなかった。
ただ背を向け、その場を去った。
二度と振り返ることはなかった。
その後、ソルはレインの最後の願いを叶えた。
切り落とした小指の骨を尾骨の指輪へと加工し、レインから託された場所――アカハン地方にある小さな町の錆鉄の冒険者ギルドへ届けたのである。
想い人の名があまりにも珍しかったため、本人確認に時間がかかるのではないかと心配していた。
だが、ギルドはその名前を聞くなり、すぐに受け取ってくれた。
必ず本人へ届けると約束して。
「珍しい名前?」
それまで黙って話を聞いていたヨウタが、初めて口を開いた。
ソルは記憶をたどる。
酒が回り、意識はぼんやりとしていて、その名前がなかなか思い出せない。
しばらく眉をひそめて考え込んだ末、ようやく記憶の底からその名前を掴み上げた。
「変わった名前だった……姓が先で、名が後なんだ。」
ヨウタは急かさなかった。
ただ静かに頷き、その続きを待つ。
「思い出した。」
「ノグチ……」
ソルは一度言葉を切った。
「そうだ。」
「ノグチ・ソラ。」
ヨウタは何も言わなかった。
ただ、手にしていた酒杯がわずかに揺れる。
その揺れは思いのほか大きく、あと少しで中の酒がこぼれそうになるほどだった。
その頃。
遥か彼方、果てなき部族の集落では――
ソラ・ノグチが、ふと顔を上げた。
「どうしたの?」
ジャスミーヌが心配そうに尋ねる。
彼らは卓を囲み、二人一組で戦うカードゲームに興じていた。
最後に最も多くのチップを集めた組が勝者となる遊びだ。
向かいにはジュリアが夫を連れて座っている。
立ち姿と物腰だけで図書館司書を思わせるような男だった。
アンナは弟を連れてきていた。
背が高く、逞しい体格をした若者である。
セリーナは最後まで遊べるだけの体力がなく、ジャスミーヌが編んでくれた肩掛けに身を包み、親友の隣へ座っていた。
両手で抱えるほど大きな水差しのようなコップを持ちながら、楽しそうに勝負を眺めている。
ジャスミーヌとソラは同じ組になり、すぐに息の合った最強のコンビとなって、卓上のチップを次々と獲得していた。
「魔物の王が復活したの?」
ジュリアが不安そうに尋ねた。
「いや……あいつは確かに死んだ。」
ソラは落ち着かない様子で答える。
無意識に、左手の小指にはめられた乳白色の指輪を指先で回していた。
「でも……何かが始まろうとしている気がするんだ。」
「今夜の儀式と関係があるの?」
ジャスミーヌが心配そうに尋ねる。
彼女の肩にもたれていたセリーナも顔を上げ、不安げな眼差しをソラへ向けた。
「たぶん……俺自身のことだと思う。」
ソラは首を横に振る。
「ごほっ……ごほ、ごほっ!」
突然、セリーナが激しく咳き込み始めた。
ジャスミーヌは慌てて手札を放り出し、彼女の背中を優しくさする。
アンナとジュリアもすぐに席を立ち、二人のもとへ駆け寄った。
「だ、大丈夫?」
「わ、私は……はぁ……ちょっと水を飲むのが早すぎて、むせちゃっただけ……。」
セリーナは目元をこすりながら、心配そうに集まる皆を安心させようと笑みを浮かべる。
その身体がわずかに揺れた拍子に――
黒く長い髪のあいだから、紫色の小さな花が、いくつも静かに舞い落ちた。




