誰も救えなかった日(Side:ソル)
ソルはもう一杯、自分で酒を注いだ。
その夜、彼は卓上の料理にはほとんど手をつけず、ただ苦い酒を流し込むことだけを繰り返していた。
味わうことさえせず、喉へ流し込んでいく。
ヨウタにレインの幼い頃の思い出をいくつか語り終えると、ソルは静かに自分の思考へ沈んでいった。
焚き火のそば、他の遺体から少し離れた小高い場所には、レインの亡骸だけが上質な布で幾重にも包まれ、安置されていた。
その布は、おそらくジェイド王子の天幕から運ばれてきたものなのだろう。
王子の許可を得ているのか、ソルは少しだけ気になった。
もっとも、仮に無断だったとしても、今さら咎める気にはなれなかった。
布の端からは、灰色の灰がゆっくりと零れ落ちていた。
誰も気づかないふりをしていた。
いや―正しくは、誰もが気づいていながら、見なかったことにしていた。
あの「剣」を王都へ運べば、待っているのは研究か、見世物にされる未来だけだ。
それなら、ここで静かに土へ還った方がいい。
ソルは、酒杯がまだ空になっていることに気づいた。
静かに酒を満たし、ゆっくりと杯を揺らす。黄金色の酒が、焚き火の光を映して揺れていた。
それとともに、十六年前の光景もまた、ゆっくりと浮かび上がってくる。
今日は昔のことを話しすぎた。
とうに埋めたはずの記憶まで、酒の酔いとともに蘇ってきたのだ。
ソルが駆けつけたとき。
故郷は、すでに地獄と化していた。
あらゆる建物が崩れ落ちていた。
庶民の小さな家。
神像が祀られた神殿。
商品が並ぶ商店。
貴族たちの豪奢な屋敷。
魔物の王にとって、それらに違いはなかった。
すべて、等しく破壊されていた。
瓦礫には、黒い長い毛と暗赤色の血がこびりついていた。
まるで全身を傷だらけにしながらも、黒い毛に覆われた魔物の王が、目に映るものすべてを叩き壊していったかのようだった。
多くの人々は、家屋が崩れた時点ですでに命を落としていた。
巨大な魔物の王と無数の魔物が外を蹂躙しているなら、人はまず家へ逃げ込み、扉と窓を塞ごうとする。
それは、ごく当たり前のことだった。
街道には、数え切れないほどの遺体が転がっていた。
遠目には、遊び飽きた子どもが投げ捨てた人形のようにも見えた。
ソルは心の底から安堵した。
両親はちょうど叔父の屋敷を訪ねていて、家にはいなかった。
そこには、平民もいなかった。
貴族も。
兵士も。
男も、女も。
老人も、子どもも。
赤ん坊でさえ―。
最後には、誰もが等しく、一つの存在になっていた。
屍。
手足はあり得ない方向へ曲がり、肉は引き裂かれ、骨は砕け散っていた。
道は人間の肉片と家屋の瓦礫で埋め尽くされていた。
ソルは馬を諦め、自らの足で廃墟を進むしかなかった。
しばらくすると、自分が人間の身体を踏んでいるのかどうかさえ、気にならなくなっていた。
やがて、景色が変わる。
今度は、大量の魔物の死骸だった。
半身は獣。
残る半身は、歪に変形した肉塊。
目立った外傷はない。
それでも、すでに息絶えていた。
焼け焦げた痕を残すものだけが、わずかに混じっていた。
レインは、生きているのか。
そのとき初めて、ソルの胸に小さな希望が灯った。
ここへ来るまで、守備兵のほとんどが命を落としているのを見てきた。
それでも―レインなら。
あいつなら、生き残っているかもしれない。
その瞬間。
ソルは危うく前方の人影にぶつかりそうになった。
そこには、小さな集団が身を寄せ合っていた。
ほとんどが負傷し、衣服は裂けている。
比較的軽症な者が外側を囲み、重傷者や衰弱した者を守っていた。
互いに支え合うその姿は、もう誰が貴族で、誰が平民で、誰が兵士なのかさえ分からなかった。
「ソル中尉!」
何人かが彼に気づき、叫ぶ。
「早くレインを助けてください!」
「あいつは俺たちを守ってくれたんです! 何度止めても、魔物の王を追って行ってしまって!」
「頼む、連れ戻してください! 命さえあれば、何とでもなりますから!」
人々は一斉に森の奥を指さした。
そこは、不気味なほど静まり返っていた。
獣の咆哮もない。
戦いの音もない。
鳥も、虫も鳴いていない。
風に揺れる木々の音さえ聞こえなかった。
ソルは森へ足を踏み入れる前から、すでに分かっていた。
レインは、もう帰ってこないのだと。




