戦いのあと、別れの時
レインの遺体をどう扱うべきか分からずにいるヨウタの言葉を聞いた時、タチバナさんは一瞬、口を開きかけた。
―レインを私たちに預けて。
―私たちが、あの子を家へ連れて帰るから。
しかし、しばらく考えた末、彼女はその言葉を呑み込んだ。
レインの両親は今、身分を隠し、リタール王国でひっそりと暮らしている。それは現在も、決して外部へ漏らしてはならない秘密だった。
かつてソラがディマン王国から逃亡した際、彼を匿い、助けたのが、辺境の村に暮らしていたレイン一家だった。
レインの死後、ソラとエリカは悲嘆に暮れる夫婦を密かにリタール王国へ迎え入れ、穏やかに暮らせる場所を用意した。
だが――ヨウタがなぜあれほど執拗にソラを捜しているのか分からない以上、その事実を明かすわけにはいかなかった。
一方、ロイの意識は別のことに向けられていた。
レインの左手から失われていた小指は、いったいどこへ行ったのだろう。
両親に渡されたのか。
それとも……別の誰かに?
レインの遺骸が兵士たちによって丁重に収められると、長く張り詰めていた空気も、ようやくわずかに緩んだ。
ヨウタとノーマンも、とりとめのない会話を交わし始める。
少なくとも表面上は、これまでのような一触即発の雰囲気ではなかった。
エイデンはノーマンの背後に隠れたまま、なおも警戒するようにヨウタを見つめていた。
―おそらく、これが彼らの最後の別れになる。
―少なくとも、この時の彼らはそう思っていた。
「面白い子に育てたな」
ヨウタがノーマンへ言った。
エイデンには、それすら何かの皮肉に聞こえた。
彼は警戒を解かず、じっとヨウタを睨み続ける。
「エイデンはいい子だよ。もちろん、母親から受け継いだものと、彼女の教育のおかげでもあるけどね」
ノーマンは、愛する家族をここぞとばかりに褒め始めた。
「お前たちを見ていたら、あの本を思い出したよ。お前が一番好きな、『虐げられた奴隷少女は、孤独な大公に溺愛される』」
ヨウタは面白がるように笑った。
「戦闘奴隷の出身で、最後には貴族に溺愛され、特別な力を持つ子供まで生まれる。お前、あの主人公にそっくりじゃないか?」
「エイデンが将来どうなるのか、少し興味が湧いたよ」
「それなら、君は?」
ノーマンは遠慮なく問い返した。
「ヨウタ。これほどのことを知った後でも、これから先、ずっと今のままでいるつもりなのか?」
ヨウタは小さく笑っただけだった。
「じゃあ、ソラがどこにいるのか教えてくれるのか?」
四人が一斉にヨウタを睨みつけた。
仲間を守るためなら、今にも飛びかかって噛みつきそうな、四匹のカワウソのようだった。
「俺のことなら心配するな。自分なりの計画がある」
ヨウタは笑って答えた。
その笑顔は穏やかで、以前のような仮面めいた作り物ではなかった。
「エイデンが結婚する時には、君にも招待状を送るよ」
ノーマンは言った。
もっとも、ヨウタが本当に式へ来るとは、本人も思っていなかった。
―何を言ってるんだよ、父さん!
まだジャスミーヌさんとは、そこまで話が進んでないのに!
たとえ本当にそんな日が来ても……こんな客はいらない!
エイデンは自分なりに最大限の殺意を込めて父を睨んだが、ノーマンは何事もなかったかのように見事に無視した。
ヨウタは天幕の入口を開け、中へ入る。
ソルの左腕は肩関節ごと切除され、幾重にも巻かれた包帯で覆われていた。
魔物の王が撒き散らした膿液は強い腐食性を持ち、筋肉だけでなく骨まで溶かしていた。特に肩関節は完全に損傷しており、切断以外に手はなかった。
ソルはすでに寝台に身を起こし、背を床頭にもたれさせたまま、うつむいていた。
入口の音に気づき、ゆっくりと顔を上げる。
「君か。」
「ああ。」
ヨウタは寝台の脇の椅子へ腰を下ろした。
天幕の中には、布を揺らす風の音だけが静かに響いていた。
「……外はどうなっている?」
「さっき伝えさせた通りだ。被害は甚大だ。数日ここで休養と立て直しをしてから王都へ戻る。」
ソルは静かにうなずいた。
その表情は、何も映っていないように平坦で、かえって痛々しかった。
しばらく二人は黙っていた。
沈黙が、ゆっくりと天幕を満たしていく。
ソルは外へ目を向け、生き残った兵士たちが遺体を収容する様子をぼんやりと眺める。
ヨウタも何も言わず、手持ち無沙汰に天幕の中を見回していた。
やがて、ソルがぽつりと口を開く。
「伯父上は、きっと失望しているでしょうね。」
苦い笑みが浮かぶ。
「レインが死んでから、伯父上は次は僕が跡を継ぐものだと信じていました。でも僕は、この討伐戦で何一つ成果を挙げられず……その上、左腕まで失いました。」
「結局、僕はレインには敵わなかった。」
ヨウタには、その落胆が今ひとつ理解できなかった。
「右腕は残っている。魔法も使える。なら、まだ戦えるだろう?」
「ああ……そうか。」
ソルは少し驚いたように笑う。
「君はレインに会ったことがなかったんだね。」
「分からない。」
ヨウタは正直に答えた。
「上将と会った時に、そばにいたことくらいはあるかもしれない。でも、まったく覚えていない。」
「それは惜しかったな。」
ソルは小さく笑った。
「錆鉄の冒険者ギルドのみんなは、もうすぐ出発する。見送りに行くか?」
ヨウタが尋ねる。
ソルは静かに頷いた。
「眠っている間に、ようやく思い出したんだ。」
「ギルドの中に……もう何年も会っていない人がいたことを。」




