怪物の奥底
甲高い音の咆哮は、森全体を貫くように響き渡った。
ノーマンはヨウタへ駆け寄ると、その身体を地面へ押し倒し、耳を塞ぐよう合図する。周囲では柔らかな草や青々とした木々の葉が音波に引き裂かれ、次々と粉々に砕け散った。
後方にいたジェイド王子は一瞬で気を失って倒れたが、もはや彼に気を配る者など誰もいなかった。
魔物の王は苦悶の声を漏らし、その場で身体を丸め、頭を身体の奥へ押し込もうとする。
だが、それはすでに腐敗し崩れかけていた肉体を、さらに激しく砕くだけだった。
切り落とされた脚の断面はさらに裂け、大量の血が足元の草原を赤く染めていく。
魔物の王の頭部に突き立てられた剣が、不意に震え始めた。
まるで、その鋭い音波と剣身が、ちょうど共鳴を起こしたかのように。
次の瞬間―
激しい振動とともに、黄金の雷光が剣身を奔り抜いた。
まるで長い眠りから一瞬で目覚めたかのように。
黄金の雷は魔物の王の身体を貫き、十六年前と同じように、再びその身へ封印を刻み込んでいく。
―何だ、これは?
魔物の王は怒りに震えた。
咆哮を上げようとするが、喉はほとんど声を発してくれなかった。
その時だった。
毛皮と筋肉、そして腐敗した内臓に幾重にも覆い隠された最深部で、十六年間眠り続けていた何かが、ゆっくりと目を覚ます。
まるで何年も鼓動を止めていた心臓が、電流によって無理やり蘇生させられたかのように。
―知っている。
その存在を思い出した。
―これは知っている。
狂気に飲み込まれて久しかった意識が、初めて再び思考を始める。
ああ。
これは……共鳴か?
マイケル・フリーマンはそう思った。
やがて、あの耳を裂くような音はゆっくりと消えていき、世界は再び静寂を取り戻した。
終わってくれてよかった……耳が痛いな……。
マイケルはぼんやりと思う。
全身が押し潰されるように痛み、激痛は胴体から四肢へと広がっていた。
特に左後脚は、鋭い刃物で傷口を何度も抉られているようだった。
四肢を地につけ、獣のような姿勢で伏せたまま、身体を動かそうとする。
だが、激しい痛みと眩暈が全身を押さえつけ、指一本まともに動かせない。
それに、頭が妙だ。
なぜだろう。
頭に大きな穴が開いているような感覚がある。
次の瞬間、再び激痛が走った。
紫色の炎が全身を覆い、焼き、灼き、刺すような熱が襲う。
白い煙がゆっくりと立ち昇り、焼けた毛皮と肉の鼻を衝く臭いが漂った。
マイケルは思い返す。
五人でキャンプへ行った。
それから、理由も分からないまま、この世界へ連れて来られた。
「全員魔力なし。役立たずの出来損ないだ。」
王族を名乗る者たちは、そう言った。
俺たちは研究所へ閉じ込められ、連中はあらゆる方法で俺の魔力を「覚醒」させようとした。
その研究所で、妻のオリヴィアは死んだ。
助けようとした。
けれど、助けられなかった。
奴らは俺を怪物へと変えた。
怪物となった俺は力を手に入れ、研究所から脱出した。
だが、怒りだけが残った。
この忌まわしい世界の人間を、一人残らず殺したかった。
目に映るものすべてを壊したかった。
女を殺した。
子どもを殺した。
道行く人間を見境なく殺した。
赤ん坊すら見逃さなかった。
研究所とも王族とも何の関係もない人間たちだと分かっていても、新たに生えた牙と爪で、容赦なく引き裂いた。
両手に雷を宿した若い男が、俺の前へ立ちはだかった。
そして―
そこで、俺の意識は途切れた。
俺は……。
俺は、まだ何も成し遂げていない。
目を覚ましても、逃げ出すことすらできなかった。
王族への復讐も果たせず、さっき王子だと名乗っていたあの少年も、結局守られてしまった。
兵士も半分近く殺してしまっただろうか。
みんな、ひどく若く見えた。
俺は……。
そうだ。
ナオミだ。
オリヴィアが死ぬ前、俺たちは妹のナオミだけは逃がした。
ナオミ。
生きているのか。
あの若い医者に君を託した。
彼は……裏切らなかったよな?
「ナオミ……俺の妹……」
「待って!」
若い男の声が響いた。
その瞬間、痛みが止まった。
「待って!」
エイデンが突然叫んだ。
ヨウタは炎を止める。
「どうした?」
「……今、こいつ……喋った。」
ヨウタの紫炎が止まる。
耳鳴りと眩暈でその場に崩れ落ちた仲間たちの中で、ただ一人、エイデンだけが立ち続けていた。
「どうせ『王族』とか、そんなことを叫んでいただけだろ。」
エイデンは首を横に振り、ヨウタの隣へ歩み寄る。
「違う。」
「これは……人間だ。」
二人は地面に横たわる『魔物の王』を見下ろした。
腐敗した皮膚と剥がれ落ちた毛皮は完全に焼け焦げ、黒い炭片となって次々と地面へ崩れ落ちていく。
焼け落ちた組織の下から現れたのは、さらに奥に隠されていた黒い皮膚だった。
その炭化した外殻がすべて剥がれ落ちると、最後に姿を現したのは、人間によく似た肉体だった。
頭部。
首と肩。
胸と腹。
左脚は付け根から失われ、右脚も太腿の途中までしか残っていない。
両腕は原形をかろうじて留めていたものの、その形は不自然に歪んでいた。
「ナオミ……」
マイケル・フリーマンは呟く。
自分を見下ろす二人を見つめながら――
生まれて初めてと言っていいほど強く、自分の言葉が誰かに届いてほしいと願った。




