境界に立つ者たち
「到着したら、くれぐれも言動には気をつけてください。ディマン王国の人間とは決して揉めないように。」
列車の速度がゆっくりと落ち始めると、ロイは車内にいる三人――特にそのうちの一人の女性へ向けて忠告した。
「なんで私を見るのよ。」
橘さんはじろりとロイを睨む。
「私はあいつらのせいで、失ったものがたくさんあるんだから。」
ロイはため息をつくしかなかった。
「今の君は身分を隠しているんですよ。『砕骨の未亡人です』と書いた看板でも掲げるつもりがないなら、大人しくしていてください。」
続いてロイはエイデンへ視線を向ける。
「僕は大丈夫です。翡翠魔法学院ではリタール王国の学生たちとも普通に付き合っていましたし。」
最後はノーマンだった。
「俺は勇者ヨウタと何度も一緒に戦ってきたが、一度だって失敗したことはないぞ。情報部はそろそろ俺に勲章をくれてもいいくらいだ。」
ロイは数秒間沈黙した。
「ともかく。」
「私たちは今、錆鉄冒険者ギルドを代表しているだけではありません。正式な軍事支援要請を受けていないリタール王国の立場も背負っています。」
「私たち四人の一挙手一投足は、周囲から大きく注目され、必要以上に受け取られるでしょう。その重みを忘れないでください。」
ロイの言葉を聞くと、四人はようやく笑みを引っ込め、姿勢を正して列車の到着を待った。
ディマン王国国境の駅では、王国軍が整列して彼らを迎えていた。
その中央に立っていたのは、一人の長身の戦士だった。
黒い髪に茶色の瞳。異世界人特有の黄みがかった肌と、やや平坦な顔立ち。
エイデンは一目で悟る。
―あれが、伝説の勇者・ヨウタだ。
兵士たちは彼の左右へ整然と並んでいた。
視線は正面へ向けられているものの、その意識は常に中央に立つヨウタへ注がれている。彼が一歩動けば、彼らも即座に従うだろう。
その表情に浮かんでいるのは、尊敬と憧憬。
その想いの強さは、ヨウタが命じれば、彼らは迷わず命を捨てるだろうと思わせるほどだった。
整った容姿以上に人を惹きつけるのは、その瞳だった。
鋭く、まるで森の奥に潜む猛獣を思わせる眼差し。
だが、よく見れば、その奥には拭いきれない深い寂寥が宿っていた。
あまりにも多くの闇を見てきた者だけが持つ眼だった。
――空さんとは違う。
エイデンはそう思う。
空はいつだって、ティム殿下とエリカ王妃を愛おしそうな目で見つめていた。
二人こそが彼の世界のすべてであり、命を懸けてでも守りたい宝物なのだと、その眼差しだけで分かった。
だが、目の前の勇者の視線は、誰にも向けられていなかった。
ロイは三人を率いて前へ進む。
何百年もの時を生きてきたエルフである彼は、目の前の誰に対してもへりくだるつもりはなかった。
勇者の隣に立っていた、ひときわ豪華な鎧を身に着けた兵士が眉をひそめ、一歩前へ出る。
「今回の討伐作戦の指揮官、勇者ヨウタ様は長らくお待ちになっておりました。錆鉄冒険者ギルドのギルドマスター殿、一体何か遅れる事情でもございましたかな?」
彼らは約束の時間ぴったりに到着している。
それにもかかわらず、その兵士は、まるで大幅に遅刻してきたかのように皮肉を込めて言った。
ロイが口を開こうとした、その時だった。
「構いません、将軍。」
ヨウタが静かに遮った。
「しかし、勇者様!」
「約束の時間通りですよ。」
「むしろ私の方が、皆に敬愛されるギルドマスター殿と、昔の戦友に早く会いたくて、勝手に早く来てしまっただけです。」
そう言うとヨウタは歩み寄り、ロイへ丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりです、偉大なるロイ閣下。」
ロイは何も答えず、誇らしげに小さく頷くだけだった。
「それから、我が友ノーマン。」
「久しぶりだ。」
ヨウタとノーマンのやり取りはずっと自然だった。
二人は固く握手を交わし、そのまま抱き合う。長年苦楽を共にしてきた戦友そのものだった。
「こちらは息子のエイデンです。今回の討伐にも同行します。」
ノーマンが紹介を終えると、ヨウタの後方にいた兵士たちがざわつき始めた。
「おい、あれが伝説の冒険者ノーマンか?」
「記事で読んだぞ。十七歳の時、一人でジェサー湖の人喰いワニを倒したって。」
「父さんが言ってた。勇者様と一緒に戦った仲間の中で、生き残っているのはあの人だけなんだって。」
「本当か?」
「アカハンにいる叔母から聞いたけど、あの親子が一緒に出れば勝てない相手はいないらしい。」
ヨウタもロイたちも、兵士たちの囁きには一切反応しなかった。
しばらく旧交を温めると、そのまま一行は陣営の奥へ向かう。
陣営の中を歩いていると、人々の焦ったような話し声が耳に入ってきた。
そこには隠しきれない不安が滲んでいる。
「華唐国」
「皇太子の醜聞」
「王子たちの内紛」
そんな単語が何度も繰り返されていた。
幼い頃からヒルダに、人の会話を聞き取る術を教えられてきたエイデンは、その言葉を密かに覚えておく。
あとでノーマンやヒルダと相談しよう。
その時だった。
近くの兵士たちが突然ざわめく。
「勇者様! ジェイド王子殿下がお見えです!」
その名を聞いた瞬間、ヨウタは露骨に顔をしかめた。
嫌悪の色を隠そうともしない。
兵士たちも同じように眉をひそめる。
どうやら、この王子は軍の中でも歓迎される存在ではないらしい。
―ジェイド王子。
エイデンは以前、ジェスミンからその名を聞いたことがあった。
彼女の婚約破棄と、彼女の親友が重い病を負うことになった出来事に関わる人物だ。
人垣がゆっくりと左右へ割れ、一筋の道ができる。
その中央を、一人の青年が歩いてきた。
背が高く、すらりとした体つき。
月光のように輝く銀髪と、水晶を思わせる紫の瞳。
まるで童話から抜け出してきた妖精のような美貌だった。
仕立ての良い白い上着とズボンは、無駄な装飾こそないものの、最高級の布で仕立てられていることが一目で分かる。
彼の隣には、一人のメイド服姿の女性がいた。
自然に彼の腕へ自分の腕を絡めるその姿は、主人に付き従うメイドというより、舞踏会へ同伴する貴族令嬢のようだった。
頭には白いメイドキャップ。
そこには眩しいほど大きなダイヤモンドの髪飾りが留められている。
帽子の下には、貴族の令嬢でなければ時間をかけて整えることも難しい、複雑に結い上げられた髪。
そこへ真珠のかんざしが添えられていた。
メイドとしては、あまりにも華美な装い。
全体として決して美しくないわけではない。
だが、まるで正反対の二人を同時に演じているかのような、言葉では説明し難い違和感が漂っていた。
その後ろには五人の護衛。
過度に装飾され、重すぎる鎧をまとい、顎を高く上げて周囲の兵士たちを見下している。
青年と女性、そして護衛たちは、人々が作った道の中央で立ち止まった。
メイドの女性は胸を張り、高らかに宣言する。
「ディマン王国の銀の月――氷の貴公子、皇太子と妖精姫に最も愛された御子、王国の紫の薔薇――ジェイド王子殿下のご到着です!」
その長々しい二つ名を聞いた橘さんは、思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を手で押さえた。
各地を旅してきた冒険者であるノーマンとエイデンも、内心では少し笑いそうになったものの、表情だけは最後まで崩さなかった。




