傷口の中に眠るもの
「頭の中に埋まっているとしたら?」
エイデンが口を開いた。
「さっき魔物の王が口を開いたとき、中に剣の柄みたいな白いものが見えたんだ。」
そう言うと、彼は足元に落ちていた枝を拾い、地面へ素早く図を描き始めた。
簡単な線で魔物の王の姿を描き、その構造を示していく。
「十六年前に残された絵と比べて、一番変わっているのは手足でも胴体でもない。」
そう言って、頭の上に大きな円を描く。
「変わっているのは、ここ。」
続いて四肢と胴体を囲みながら説明を続ける。
「口も目も、全部こんな下のほうへ押し込まれてる。」
彼は本来の頭部と思われる位置に、小さな円を描き足した。
「もし、本当の頭が元はこのくらいの大きさだったなら……」
枝の先で、巨大に膨れ上がった部分を示す。
「この上の大きな塊は、頭じゃない。」
ロイたちは図を見つめながら、静かに考え込んだ。
「じゃあ、その膨らんだ部分は何なんだ?」
ノーマンが尋ねる。
「もし封印の剣が頭に刺さったままだったとしたら……。」
エイデンは地面の図を見つめたまま答える。
「長い年月をかけて傷が塞がる間に、新しい組織がどんどん増殖して、剣そのものを包み込んでしまったんじゃないかな。」
レインの身体から造られた封印の剣が、魔物の王の頭部へ突き刺さったまま雷撃を放ち続けていたのなら、封印が維持されていた理由にも説明がつく。
だが傷口が癒えるにつれ、皮膚や筋肉が剣を包み込みながら成長し、少しずつ剣の位置を押しずらした。
だから封印が不安定になった―。
「……なるほど。」
ロイは静かに頷いた。
「じゃあ、どうする?」
ノーマンが眉をひそめる。
「頭を切り開いて、本当に剣があるか確かめるのか?」
「やってみる価値はある。」
ヨウタが即座に答えた。
「エイデンの推測が正しいなら、本当の頭部はその下にある。」
「上の巨大な塊は、傷口が増殖した組織にすぎない。」
「剣があるかどうかは後だ。」
「まずは切り開く。」
「頭を落とせ。それから、ちゃんともう一回叩け。」
エイデンは、ごく自然にそう口にした。
それが、この世界には存在しない戦闘の常識だとは、本人はまったく気づいていない。
ヨウタはただ、静かにエイデンを見た。
いつも冷え切っているその瞳が、初めてほんのわずかに揺れる。
―やはり。
この者たちは、あの人を知っている。
「……待って。」
ふいにエイデンが眉を寄せた。
「封印の剣って、そもそもどんな形なんだ?」
その場にいた全員が互いの顔を見合わせる。
そして、その瞬間になってようやく気づいた。
―誰一人として、本物の封印の剣を見た者はいない。
あの日。
レインは命のすべてを燃やし尽くし、魔物の王を倒した。
その後、ソロモン王太子は華唐国から来た秘術師たちに命じ、レインの遺体を封印の剣へと錬成させた。
だが、その剣はどのような姿をしていたのか。
知っている可能性があるのは、当時その場にいたレインの兄―ソールだけ。
しかし、そのソールは今も意識を失ったままだった。
短い相談を終えると、全員がすぐに動き始めた。
ヨウタは再び掌に蒼紫の炎を灯し、一本一本の矢へ魔力を宿していく。
ノーマンは加速魔法を展開し、次々と矢を番える。
ロイは植物魔法で長弓そのものを補強した。
タチバナさんは魔物の王を拘束していた蔓を兵士たちへ任せ、自ら弓を受け取ると、その強度を確かめるように何度か引き絞った。
その間に、ジェイド王子も護衛の亡骸から引き離され、生き残った雷霆隊の兵士たちによって後方へ避難させられる。
ジェイドは何か文句を言おうとした。
だが、ヨウタに一睨みされただけで、その口はぴたりと閉じた。
タチバナさんは弓を大きく引き絞る。
次の瞬間。
蒼紫の炎をまとった矢が、凄まじい速度で放たれた。
矢が弦を離れた瞬間。
ディマン王国の兵士たちは思わず息を呑む。
―あれほどの強さで弓を引ける人間など存在しない。
その隣では、ノーマンとエイデンが息の合った動きで矢を番え、次々とタチバナさんへ渡していく。
先ほど兵士たちが放った矢では、魔物の王の皮膚を貫くことすらできなかった。
だが、怪力を持つタチバナさんが、同じ一点だけを狙い続ければ話は別だった。
一射目。
皮膚がわずかに裂ける。
二射目。
表皮に亀裂が走る。
三射目。
裂け目が一気に広がった。
すべての矢が、寸分違わず同じ場所へ突き刺さる。
魔物の王は怒号を上げた。
激痛により、その巨体が大きく痙攣する。
タチバナさんの周囲に積まれていた矢束が半分ほど減った頃。
ついに、頭部を覆っていた巨大な肉塊が崩れ始めた。
タチバナさんは一歩踏み込み、新たな矢をつがえる。
全身の力を込めて放たれた一矢は、蒼紫の魔力をまとい、魔物の王の頭部中央を正確に射抜いた。
そして―穴が開いた。
裂け目の周囲から、腐った皮膚や肉片が次々と剥がれ落ちる。
丸屋根のように膨れ上がっていた頭部は崩壊し、一塊、また一塊と崩れ落ち、最後には外殻そのものが滑り落ちた。
……中は、空洞だった。
誰一人、言葉を発しない。
ただ呆然と、その巨大な空洞を見つめていた。
崩れ落ちた組織の奥から、大量の黄緑色の膿と血液が一気に噴き出す。
だがロイはすでに魔法障壁を展開しており、そのほとんどは防がれていた。
しかし、半身だけ障壁の外にいたタチバナさんだけは避けきれない。
エイデンは咄嗟に手を伸ばし、彼女を力いっぱい障壁の内側へ引き寄せた。
「大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫。」
タチバナさんは静かに頷く。
酸に触れた袖はほとんど溶け落ちていた。だが、その下の腕には傷一つなかった。
「……どういうこと?」
エイデンとノーマンは思わず顔を見合わせる。
タチバナさんは小さく微笑んだ。
「私はかつて、《涙の聖女》の妻でしたから……」
彼女は腕を軽く持ち上げる。
黄緑色の膿液が肌を伝って流れ落ちる。それでも、その白い肌には傷一つついていなかった。
「これは―豊穣の女神の祝福です。」




