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幸せになった罪

「お前たち、一体何をしている!」


魔法障壁と植物の壁、その二重の防壁に守られた中心で、ジェド王子が甲高い声で叫んだ。


二重の防御でジェド王子を囲んで以降、《錆鉄の冒険者ギルド》の面々は魔物の王への対処に追われていた。

この切迫した状況では、誰一人として、王子の上に覆いかぶさる護衛の死体をどかしてやる余裕などなかった。


「ソール!」


「ソール! 聞こえているのか!」


「早く私を助け出せ!」


「これは命令だ!」


「忘れるな! お前たちの家が今の地位を得られたのは、我が王家のおかげだ!」


どれほど意識を集中しようとしても、ソールはジェド王子の叫びに心を乱されずにはいられなかった。


王族。


……王族。


叔父上がすべてを懸けて守り抜いたものは、こんな存在だったのか。


叔父上がレインの人生を壊してまで守ろうとしたものは、こんな存在だったのか。


彼の一族はもともと平民だった。

代々、辺境の村で兵士として生きてきた家系に過ぎない。


叔父は戦場で血を流し、敵を討ち、大きな武功を立てた。

その結果、一族は貴族となることができた。

その爵位を授けたのが、当時の皇太子ソロモン殿下だった。


「命令に従え! さもなければ父上に命じて、お前たち一家を平民へ落としてやる!」


「お前たちは、王族のために死ぬのが当然なんだ!」


……こんな存在のために。


レインの人生は、壊された。


叔父の望みに従い、レインは魔法学院への進学を諦めた。


愛する人を諦めた。


本来なら、自分のものだったはずの未来まで諦めた。


「ソール! 魔法に集中しろ!」


――その声。


精霊魔法使いロイ。


レインの師だった人物。


あのとき、ロイは最後まで反対していた。


レインを国へ連れ戻すには、まだ早すぎる、と。


魔法の修練はまだ完成していない。

今のまま戦わせれば、魔力を使い果たし、最後には自らの命を削ることになる。


彼の言葉は、正しかった。


それが、そのままレインの最期になった。


ソールは、ロイの忠告をそのまま叔父へ伝えなかった。


「まだ魔法を完全には修めていないらしい。」


そう曖昧に伝えただけだった。


大丈夫だと思った。


レインは昔から天才だった。


自分など到底及ばない、兄である自分さえ追い越してしまうほどの天才だった。


だから。


きっと乗り越えられると、そう信じていた。


不意に、最期のレインの姿が脳裏によみがえる。


全身を血に染めた。


四肢はすべて折れた。


それでも彼は笑っていた。


泣いているのか。笑っているのか。


もう判別もつかない、狂気に染まった笑みだった。


「兄さん……僕の小指を切り落として。」


「兄さんは、僕に借りがあるよね。」


自分の状態がおかしいことは、ソール自身が一番よく分かっていた。


呼吸は浅く速い。


心臓は暴れるように脈打ち。


指先は震え、思うように動かない。


指先にまとわりつく雷光も、何度集めようとしても四散し、まとまってくれなかった。


「早くしろ!」


ジェド王子の叫びが耳を貫く。


鋭く。


痛いほどに。


ソールは雷撃魔法を放った。


放った瞬間、自分でも理解した。


―威力が足りない。


これでは、魔物の王には届かない。


黄金の雷光は魔物の王へと走る。


だが、湿り気を帯びた無数の皺が伝って流れ落ちるだけだった。


まるで雨が濡れた土へ吸い込まれるように。

何一つ痕跡を残さず、消え去った。


「グ……」


魔物の王の巨大な腐肉の身体が、大きく脈打つ。


不気味な音が響いた。


「グルル……」


「避けろ!」


ロイが叫んだ。


しかし。


遅かった。


ソールと、その背後にいた兵士たちが顔を上げた瞬間。


巨大な影が、彼らへと覆いかぶさった。


魔物の王の巨大な頭部の下。

垂れ下がった腐肉が、ゆっくりと裂けていく。


次の瞬間、その奥から大量の黄緑色の液体が噴き出した。

腐臭は一瞬で周囲を満たし、人々の嗅覚を麻痺させる。


最前列にいた兵士へ、その液体が降り注いだ。


顔面は瞬く間に崩れ落ち。液体が胸へ、腹へと流れるにつれ、肉が音を立てて溶けていく。

やがて彼は、人の形すら失う。ただ激痛に絶叫する、赤黒い肉塊へと変わり果てた。


ソールは兵士たちを庇おうと振り返る。


だが、それも間に合わなかった。

左腕に、焼けるような激痛が走る。


思わず視線を落とした。


そこにあったのは―。


白くむき出しになった骨だけだった。


激痛に耐えきれず、ソールはその場へ崩れ落ちる。

意識が、ゆっくりと闇へ沈んでいく。


「ねえ、兄さん。」


暗闇の中で。


レインの声が聞こえた。


「僕の小指を切り落として、指輪にしてさ。」


「あの人に届けてよ。」


「僕だけが、こんな思いをするなんて不公平じゃない?」


「今の僕はね、身体よりも心のほうが痛いんだ。」


「ねえ、兄さん……」


「どうして兄さんだけ、幸せになれるの?」

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