恋文を書く男たち
何度も便箋を破り捨てて書き直した末、エイデンはようやくティム宛ての手紙を完成させた。
手紙には、日輪勇者がいかに危険な存在であるかをさまざまな角度から書き連ね、できるだけ早く国境の城壁を高くするよう求めた。さらに、エリカ王妃には、しばらくソラを後宮に閉じ込め、決して外へ出さないよう進言してほしいとも書き添えた。
ティムへの手紙を書き終えると、エイデンは続いてジャスミーヌへの恋文に取りかかった。
まずは二人が別れた最初の夜、自分がどれほど寝返りを繰り返し、一睡もできずに苦しんだかを書いた――実際には、横になって一分も経たないうちに眠りに落ちていたのだが。
続いて、先ほど日輪勇者に脅された際にも、少しも動じることなく立ち向かった自らの勇敢な姿を、これでもかというほど大げさに書き立てた。
最後には二人の結婚生活まで勝手に想像し始め、最初の子供は女の子がいいと、大胆にも書き記した。
エイデンが我に返ったとき、机の上には五枚もの便箋が並んでいた。
「やっと書けた! ジャスミーヌも、きっと感動してくれるぞ」
エイデンは満足げに五枚の便箋を重ねると、明らかに大きさの合っていない封筒へ無理やり押し込んだ。
膨れ上がった封筒は今にも破れそうで、エイデンは何度も手のひらで押し潰し、ようやく封を閉じることができた。
そこで周囲を見回すと、ロイとタチバナさんは、持ち込んだ魔道具の点検へ出かけていた。
天幕の中に残っているのは、折り畳み式の机に向かい、ヒルダ宛ての手紙を書いているノーマンだけだった。
「その手紙、俺も手伝おうか?」
エイデンは興味津々で声をかけた。
「やめておけ」
ノーマンは顔すら上げず、手にしたペンを素早く走らせ、紙の上に次々と文字を並べていく。
「お前は文章をその場で暗号に変換することに慣れていない。少しでも間違えれば、すべて台無しになるぞ」
父親の言うことが正しいのは分かっていたので、エイデンはしょんぼりと隣に腰を下ろした。
しばらく考えたあと、好奇心を抑えきれずに尋ねる。
「なあ。さっき勇者ヨウタが言っていたことだけど……あいつ、暗号のことに気づいていると思うか?」
「さあな。どちらにせよ、あいつは気にしていないようだったが」
ノーマンはそう答えながら、紙の上へ流れるように、雑然として稚拙な文章を書き連ねていった。
事情を知らない者が読めば、文章力のない男が書いた、ひどく出来の悪い恋文にしか見えないだろう。
だが、ノーマンとエイデンは知っていた。
決められた順序に従い、特定の位置にある文字や単語だけを抜き出して並べ替えれば、その拙劣な恋文から、まったく異なる内容が浮かび上がるのだ。
この暗号体系は、エリカ、ヒルダ、そしてノラが学園時代に長い時間をかけて共同で作り上げたものだった。
もっとも、当初の目的は決して大層なものではない。
それぞれの婚約者に知られずに秘密を交換し、ついでに手紙の中で彼らへの不満を言い合うためだった。
やがてエリカが、この暗号を戦略的に利用できることに気づいた。
彼女の提案を受け、ヒルダはノーマンに暗号の規則をすべて暗記させ、自分宛ての手紙を暗号で書くよう求めた。
こうして表向きには、ノーマンが情熱的ではあるものの、文章の支離滅裂な恋文を書いているように見せかけながら、実際にはヒルダへ情報を送り続けていた。
それは、ノーマンがヨウタと共に魔物討伐へ赴く中で、彼の周囲から集めたディマン王国の情報だった。
ヒルダは受け取った情報を整理し、さらにエリカ王妃へと伝えていた。
ディマン王国も、最初からこれらの手紙をまったく疑わなかったわけではない。
かつてはノーマンの恋文を情報部へ送り、何度も読み返しながら長い時間をかけて調査したこともあった。
しかし、最終的に下された結論は――そこに暗号など存在せず、ただ文章力が壊滅的で、文脈も支離滅裂な恋文にすぎない、というものだった。
ディマン王国は、ノーマンの前に一度も姿を現さない謎の恋人にも、さほど興味を示さなかった。
エイデンの実母の正体が今まで知られずに済んだのも、彼らがその存在を軽視していたためである。
情報部の者たちは揃って、身分が高く、十分な教育を受けた女性が、文法も文章も滅茶苦茶な恋文を何年にもわたって辛抱強く読み続け、ましてや返事まで書くはずがないと判断していた。
「あいつ、本当に恐ろしいな」
エイデンは不満げに呟いた。
「俺はずっと、あいつのことをディマン王国に飼われた、何も考えない剣みたいな奴だと思っていたんだ。けど、実際に会ってみたら、まるで違った」
「変わったんだ」
ノーマンはペンを止め、過去のヨウタを思い出した。
「以前のあいつは、確かにディマン王国の命令なら何でも従っていた。疑問を口にすることもなかった。俺はずっと、あいつには他に行く場所がないからだと思っていた」
ノーマンはわずかに目を細めた。
「だが、今は違う。誰かを執拗に捜し続けているようにも見えるし……まるで、もう時間がほとんど残されていないかのようだ」
エイデンは頷いた。
そしてふと、ノーマンが彼とジャスミーヌのカフェでの逢瀬に付き添ったときのことを思い出した。
あのときノーマンは、書きかけの手紙をジャスミーヌに見せていた。
それを目にした一瞬だけ、彼女の表情が微妙に変わったような気がする。
もしかすると彼女は……あの手紙に別の意味が隠されていることに気づいたのだろうか。
手紙を書き終えたノーマンは、暗号に誤りがないか、もう一度最初から確認した。
もしヨウタが本当に自分を疑い始めたのなら、長年使い続けてきたこの暗号も、間もなく使えなくなるかもしれない。
だが、ヨウタが密かに計画しているのがディマン王国からの離脱――あるいは、王国への反逆であるのなら。
ノーマンが長年背負ってきた任務も、ついに終わりを迎えるのかもしれなかった。
エイデンはしばらく黙っていたが、やがてさらに面白いことを思い出したらしく、秘密を打ち明けるように声を潜めた。
「そうだ。ヨウタのそばにいたソル大佐のこと、覚えているか?」
「彼がどうかしたのか?」
ノーマンは、エイデンが兵士たちから仕入れた噂話を聞かされるのだろうと思った。
たとえば、ソル大佐が部下の功績をすべて自分のものにしているとか、地方に十人もの愛人を囲っているとか、そんな類いの話だ。
「あいつ、王都にある豪邸や財産のことを、いつも自慢しているだろ?」
「ああ」
「でも、兵士たちの話じゃ、あいつはもともとこの辺りの出身らしい。十代になってから、上将だった父方の従叔父に王都へ連れていかれ、軍人としての訓練を受けたんだってさ」
エイデンは興奮気味に話を続けた。
「そのせいで昔から、親戚の力で出世しただけだって、よく陰口を叩かれていたらしい。でも、あいつがあれほど早く昇進できたのには、もう一つ理由があるんだ」
初めは何気なく聞いていたノーマンだったが、その表情が次第に変わっていった。
上将だった父方の従叔父。
辺境の出身。
少年時代に王都へ連れていかれた―。
その話を、どこかで聞いたことがある。
「上将だった従叔父……? その話、以前どこかで聞いたことがないか?」
「そう。あいつは雷の勇者の――」
エイデンが最後まで言い終えるより先に、天幕の外から鋭い笛の音が響き渡った。
ノーマンは勢いよく立ち上がる。
敵襲を知らせる警笛だった。




