信じて疑わなかった
マリーは、記憶に残る『日輪勇者最後の戦い』の内容を、可能な限り一字一句思い出しながら紙に書き起こした。
それは歴史の授業で習った叙事詩にすぎない。だが、ディマン王国が正式に出版し、学園の教材にまで採用されていた作品なのだ。そこに記された内容が誤っているはずなどないと、マリーは信じて疑わなかった。
書き終えると、ジェイド王子は護衛たちを招集し、実際にどのような作戦を立てるべきか話し合いを始めた。
詩によれば、日輪勇者ヨウタは魔物の王と数日にわたって戦い、幾人もの仲間を失った末に、その力の源が毛皮にあることを突き止めたという。
そして罠を仕掛け、眠りを誘う薬草を混ぜた生肉を魔物の王に食わせ、最後にはその毛皮を剥ぎ取ることに成功した。
「この詩の内容が正しいのなら、まず魔物の王の意識を失わせることが鍵になりそうだな」
ジェイドはそう結論づけた。
「本当に毛皮が弱点なのであれば、過去に戦った強者たちの誰一人として気づかなかったのでしょうか?」
一人の護衛が疑問を口にした。
「それに、これはあくまで詩でしょう。薬草の名前も量も、罠の具体的な方法も書かれていません。これだけで作戦を立てられるのでしょうか」
もう一人の護衛も訝しげに続けた。
マリーはすぐさま反論した。
「私が予知夢で見た未来では、これはディマン王国が正式に出版した作品です。しかも学園の教材にも選ばれていました。もし内容が作り話なら、王家がそんなものを広めることを許すはずがないでしょう?」
実際、詩には薬草の名前も必要な量も記されていなかった。
勇者がどのような罠を使い、どうやって魔物の王に肉を食べさせたのかさえ、はっきりとは書かれていない。
だが、マリーはそんなことを気にしなかった。
彼女にとって最も重要な答えは、すでに明確に示されていたからだ。
――魔物の王を眠らせ、その毛皮を剥ぎ取ればいい。
二人の護衛は顔を見合わせ、それ以上反論するのをやめた。
「薬草は、どの程度の量が必要なのですか?」
「詩には書いていないわ」
「魔物の王が、普通の生肉など口にするのでしょうか?」
「勇者が成功したのだから、方法は必ずあるはずよ」
最終的に、ジェイド王子はマリーから得た情報をもとに、森へ入るための作戦を立てることにした。
ジェイドは、その詩を信じているとも、疑っているとも言わなかった。
ただ、そこに記されていた薬草や餌、地形に関する情報を一つずつ整理するよう、護衛たちに命じただけだった。
自分の書いた内容を囲み、皆が真剣に議論する様子を眺めながら、マリーは満足そうに微笑んだ。
やはり、たとえ落ちぶれた子爵家に生まれたとしても、前世の記憶を持つ自分が平凡な人生を送るはずはない。
ジェイドさえ王位に就けば、自分は再び本来いるべき場所へ戻ることができる。
この国で最も高貴な女性の一人という、あの場所へ。
前世のマリアンナは、あまりにも簡単にエドワードとの婚約を手放してしまった。
けれど、今世のマリーはジェイドを誰にも譲るつもりなどなかった。
地図を覗き込むジェイドの横顔を見つめながら、マリーは思い出す。
この場所を守るために、かつて一人の目障りな少女を排除したことを。
真珠王国の学園に通っていた頃、マリーはジェイドがいつも同じ方向へ視線を向けていることに気づいた。
初めは、「ジェンナ姫」を狙う男たちを警戒しているのだと思っていた。
しかし間もなく、ジェイドが見ているのは、第三王子一派に属する令嬢たちなのだとマリーは考えるようになった。
さらに観察を続けるうちに、ジェイドがその中の一人にだけ、わざと近づいては意地悪をしていることに気づいた。
公爵令息エルンストの婚約者、セリーナである。
セリーナは、庇護欲を誘うような可憐な顔立ちをした、小柄で愛らしい少女だった。
マリーとは正反対のタイプだ。
少なくともマリーの目には、ジェイドの執拗な態度はあまりにも分かりやすく映った。
前世のジェイ王子も、自分の感情を素直に口にするような男ではなかった。
だからマリーは、ジェイドがセリーナに向ける悪意を、恋心を隠すための不器用な振る舞いなのだと、当然のように解釈した。
きっとジェイドは、ほんの一時の好奇心から、あのような娘に目を留めただけなのだろう。
あんな愚かで、自分の身すら守れない子供に、王子の隣に立つ資格などあるはずがない。
自分の考えが正しいと確信したマリーは、意図的にエルンストへ近づいた。
「不公平だとは思わない? あなたは王家の血を引く高貴な公爵令息なのに、迎える妻は小さな伯爵家の娘でしかないのよ」
マリーがそう言っても、エルンストは反論しなかった。
「ジャスミーヌ・アルジーだって伯爵令嬢だけれど、家は裕福で、お母様は大公家のご出身でしょう。それに比べて、セリーナはあなたに何を与えられるの?」
「……君は、何が言いたいんだ?」
「私はただ、婚約さえなくなれば、あなたにも本当に釣り合う姫君を追い求める機会が生まれるのではないかと思っただけよ」
マリーはエルンストのために証言を用意し、セリーナのそばにいた従者たちを密かに遠ざけた。
そしてエルンストは、人々の前で婚約破棄を宣言し、セリーナの素行が悪いと糾弾した。
公爵家の護衛たちは、学園の制服しか身につけていないセリーナを王都の外へ連れ出し、「羊の花」を売っていたヴィンソン・レノーの拠点の一つ、その近くへ置き去りにした。
前世でマリーは、ティム伯爵が真珠王国と協力してその拠点を壊滅させ、多くの少女たちを救出したという話を聞いたことがあった。
しかし、救い出された少女たちは、半年以内に全員が命を落としたという。
それでもマリーは、自分が間違ったことをしたとは思わなかった。
自分は高貴な公爵令嬢であり、宰相の娘だった。
小さな島国の伯爵令嬢など、初めから相手にする価値すらない。
そもそも、セリーナが公爵家へ嫁ぐというのなら、自分の身くらい守れるようになるべきだったのだ。
家族が十分な護衛を用意しなかったことも、本人が愚かにも何一つ警戒していなかったことも、すべて彼女たち自身の責任である。
あのような目に遭ったのは、セリーナの自業自得だ。
それをどうして、マリーのせいにできるというのだろう。
セリーナが救出されたと知った頃には、ジェイドの正体が露見したため、マリーとジェイドはすでにディマン王国へ戻っていた。
マリーが試しにその話を持ち出したとき、ジェイドはその少女のことを完全に忘れているようだった。
「セリーナ? それは誰だ?」
マリーは、自分の判断が正しかったのだと満足した。
いずれジェイドが国王になれば、あのような女たちは今よりもさらに増えるだろう。
そのときは王妃となる自分が、夫のために一人ずつ綺麗に始末していかなければならない。




